大きなあなたと
あなたの名前は?
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昼食後、僕と権兵衛さんは夜の花見に向けてお弁当作りを始めていた。
キッチンに二人並んでそれぞれ食べたい物を作っているという感じだった。
特に打ち合わせをして作っているわけではないが、作業はとてもスムーズに進んでいた。
お互いに、相手の動きをしっかり見ているからか、工程が被ることが無い。
ちらりと権兵衛さんを見やれば、鼻歌を歌いながら実に楽しそうに卵焼きを作っている。
「あ、れい君は卵焼きはどっち?」
「どっちと言いますと?」
「砂糖か塩か……あ、だし巻きってのもあるけど」
「うーん……そうですねぇ…権兵衛さんはどれが好きなんですか?」
「私?」
質問を質問で返してしまったが、権兵衛さんはうーんと楽しそうに考えている。
そしてにっこりと笑う。
……ああ、その顔は反則だな…。
思わず権兵衛さんの顔を見つめてしまう。
「私はどれも好き」
「………欲張りですね」
「ふふ、じゃあ、欲張り権兵衛さんは砂糖も塩も両方作ることにします!」
「せっかくなので、だし巻きも作りましょうか」
「わぁ、食べ比べできるねー」
少しずつおかずが揃ってくると、権兵衛さんがおもむろにテーブルクロスを出してきた。
何をするのかと見ていれば、今だ完成していないパズルの上にそれを広げ始める。
どうやら場所の確保をしているらしい。
出来上がったものをお皿に乗せ、テーブルに並べていく。
それと同時に今日使う予定のお弁当箱を用意している。
重箱がなかったのが残念だとぼやいているが、表情は楽し気だ。
ある程度、品数がそろったところで、熱が取れたものからお弁当箱に詰めていく。
すると権兵衛さんはキッチンで何やらもう一品作り出していた。
特に気にすることもなく、詰めていたが………視界の端にそれがうつった。
………まさか、な。
ふっと小さく息を吐いて、見間違いだったかな…と権兵衛さんの手元を見れば、見間違いではなかったようだ。
権兵衛さんは嬉々としてフライパンからそれをお皿に移していた。
お皿を片手に、足取りも軽く、こちらへ来た。
「れい君、これもいれる場所作ってね」
「ダメです」
「………ん?」
周りの空気が一瞬止まったように感じた。
権兵衛さんはにっこりと笑ったまま首を傾げている。
そんな権兵衛さんからお皿を取り上げ、再び告げる。
「これは入れません」
その言葉に、権兵衛さんはポカンとしていたが、すぐに眉を下げた。
……そんな顔させたいわけじゃなかったんだが……まぁ、確かに言い方が良くなかったかもしれない。
でも、どうやって説明したらいいのか…黙っていると権兵衛さんがだいぶ近くに来ていた。
僕の着ているエプロンの裾を控えめに引っ張り、見上げてくる。
………ちょっと待った。
それは………可愛すぎやしないか…?
狙っているわけではないと思うが、身長差で自然と僕を見上げる権兵衛さんは上目遣いになっている。
「れい君………お願い」
「………権兵衛さん…ダメです」
思わず顔を覆ってしまいたくなったが、何とかポーカーフェイスを駆使して耐える。
昨日からというか今朝からやけに権兵衛さんが可愛いと感じる理由が分かった。
もちろん、好きだからというのもあるが、こんな風におねだり……んん、言い方が良くないな。
甘えられているというのが、わかるのも大きいのだろう。
僕が子どもだった時には、僕を甘えさせることはあっても権兵衛さんが甘えてくることなんてなかった。
ちゃんとした大人としての対応をしていたのだろう。
家族だったり友人だったりにはこんな風に甘えることもあるのだろうか。
………他の男にこんなことしてないだろうな。
彼女の交友関係は知らないが、いるかもわからない相手に対抗心が芽生えてしまう。
何を考えているんだ、俺は…そう思い、目の前の権兵衛さんに意識を戻す。
「れい君……お願いだから……いれて?」
……………ダメだろ、その言い方は。
思わず別の事を考えてしまった僕は悪くないと思う。
思わせぶりな権兵衛さんが悪いと思いながらも、いや、勝手に想像した僕が悪いかもだが…。
「……何度言われてもダメですよ」
「…いれてほしい……」
「…………ダメです」
「どうしてもダメ?」
なっ………。
………破廉恥引きずってるのは俺の方か……。
相変わらず上目遣いで、とんでもない台詞をポンポンと言ってくる権兵衛さんの顔を見ていられなくて顔を逸らす。
しかし、権兵衛さんは負けじと僕の顔を覗き込もうとする。
…本当に今はやめてくれ……。
……ちょっと……耐える自信が…。
身体ごと権兵衛さんから背けるが、その甲斐も空しく、再び正面に回り込んできた。
というか、そんなにあれをいれたいっていうのが……微妙な気持ちにさせられる。
「ね?少しだけでもいいから、いれよう?」
ものすごく求められてる気分になり、堪らないんだが……ちらりと権兵衛さんの顔を見やる。
ね?と首を傾げながら見つめてくる権兵衛さんの唇に目が吸い寄せられる。
ああ、これ以上、権兵衛さんに喋らせたら大変だ……僕が。
いろいろ考えてしまったことを顔に出さないように、にっこりと笑顔を作る。
それを見た権兵衛さんは何か感じ取ったようで、僕から距離をとろうとする。
しかし、背中が壁に当たったことに権兵衛さんは驚いたようだった。
自分が壁側に居たことに気付かないくらい必死におねだり……んん、お願いしてたのか。
さらに逃げられないように、権兵衛さんの顔の横の壁に手を添える。
これ以上、彼女を喋らせてはいけない。
テーブルに置いたままだった菜箸を手に取り、権兵衛さんを見やる。
「仕方ありませんね…権兵衛さんがそんなに食べたいんなら食べさせてあげます」
「ん?いやいや、いれてほしいだけで食べさせてほしいとは言ってない…。
食べるのはまだ先の話だし…えっと……れい君…?」
「権兵衛さんが言ったんですよ、いれてほしいって……」
「あの…?」
「ちゃんと味わってくださいね…」
「あ、ちょっと待って、今じゃなくて…むぐっ……」
権兵衛さんが喋り終える前に、あれを口の中に放り込んでやる。
少し熱かったみたいで涙目になっている。
小さな口をもごもごさせて、咀嚼しているのを見るとなんとも言えない気分になる。
自分の台詞もちょっとあれだな……と内心思いながら、権兵衛さんにはにっこりと笑顔を見せておく。
飲み込んだのを見届け、再び抗議するために口を開いた権兵衛さんの口にもう一つ放り込む。
権兵衛さんは視線だけで抗議しているが、まぁ、仕方がないだろう。
権兵衛さんは視線をキョロキョロさせて、この状況を打破しようと画策しているようだ。
そして思いついたのは、両手で口を隠すという物だった。
なんだそれ、可愛い。
「………権兵衛さん、手、どけてください」
「どけたら、また入れてくるでしょ」
「………はぁ、仕方ありませんね」
どうやら手をどける気はない権兵衛さんに、わかりやすくため息を吐いてみせる。
どうして僕がこんなことをするのか心底わからないという表情が面白くて、ついつい笑ってしまった。
そんな僕をじっと見ていた権兵衛さんの目の前で、菜箸でつまんでいたそれを自分の口に放り込む。
それを見て権兵衛さんは、大きな声をあげた。
「あー!だから今食べたらダメっていっ……んんっ!?」
「……まぁ、味は悪くないんですけどね」
再び開いた権兵衛さんの口にそれを放り込んだ。
権兵衛さんは目を大きく見開いたかと思えば、キッと僕を睨んできた。
怒っているようだが、全然怖くない。
もごもごしながらも、怒っているせいか興奮しているらしい。
再び両手で口を隠しながら、考え込んでいる権兵衛さん。
ハッとしたようにゆで卵の話をし始めた。
確かにゆで卵は作っていたが、ちらりと鍋の方に目をやると権兵衛さんの目がきらりと光った。
僕が持っている菜箸へと手が伸びてきた。
…まぁ、そんなことだろうとは思っていたが。
しかし、すぐに菜箸を奪い取ることができなかったらしく、両手を伸ばしてきた。
いくら相手が僕だからと言って不用意に近付きすぎだな。
でも、それだけ気を許されているのかと思えば、悪い気はしない。
左手で権兵衛さんの手首を捕まえ、そのまま頭上へ捻りあげる。
その拍子に権兵衛さんからは短い悲鳴があがる。
目をぱちくりさせて、状況を把握しようと頭上にある自分の手を見ているようだ。
「……おおう…」
「残念でしたね、権兵衛さん」
「れ…れい君………は、離してください…」
「ダメです」
何故か感心したような声が漏れていたが、そこはもう少し慌ててほしい。
こんな状況では何をされても文句は言えないだろう。
権兵衛さんは菜箸と僕を交互に見つめたのち、ぷいっと横を向いてしまった。
あまりにも可愛い行動と、警戒心の欠片もない様子に思わず苦笑してしまった。
しばらくするとこちらの様子を窺うようにちらりと目線を向けてきた権兵衛さんの名前を呼ぶ。
「権兵衛さん」
「はぁー……分かった、私の負けですー。
もう、赤いウインナーは入れなくていいよー」
長いため息の後、苦笑しながら降参宣言をしてきた。
残念そうな彼女に少し申し訳なく思いながら、名残惜しいが手の拘束を解く。
「じゃあ、他のおかずを入れますね」
「はぁい……でも、どうして入れちゃダメだったの?」
「それは……」
権兵衛さんに理由を聞かれ、思わず言葉に詰まってしまった。
何と説明したらいいのか…適当なことを言ってしまっても良かったのかもしれないが、何故かそうしたくなかった。
権兵衛さんは残りのそれを口に運びながら僕を見ている。
そして、最後の一つをじっと見つめたのちに何かに気付いたように目を大きく見開いた。
「………ごめん、れい君…!
私、気が付かなくて…!」
「……え?権兵衛さん?」
「そうだよね……言いにくかったよね……でも、全然、言ってくれていいからね!」
「………何を、ですか…?」
少しだけ緊張が走る。
気付いて欲しくないところで違和感に気付いてしまう権兵衛さんのことだ。
流石にあれを入れたがらない様子から、何か感じるところがあったのかもしれない。
もし、それを指摘されたとしたら……本当の事を打ち明けてしまおうか。
僕が降谷零であるということを。
彼女の口からどんな言葉が出るのか、じっと見つめる。
「次に赤いウインナー入れる時は、ちゃんとタコさんにするから!!」
…………うん、大丈夫そうだな。
気付いて欲しいような欲しくないような気持ちではあったのだが……権兵衛さんは一体、僕の事を何だと思っているんだろうか。
子どもの時のイメージが強いのか…いや、でも、子どもの時でもそんなことを頼んだ覚えはない。
取り敢えず、次の機会があるかわからないが、赤いウインナーは入れないように釘を打っておこう。
「いえ、タコにしてもダメです」
「え……じゃあ、カニさん?」
「カニもダメですよ」
「ええ…?」
権兵衛さんからは不満げな声が漏れていた。
普段の僕を知っている人達だったら、言わないようなやり取りに思わず笑いが込み上げてくる。
権兵衛さんは僕の事をどこまで知っているんだろうか。
すべて話してしまいたい衝動に駆られるが、話してしまったことで何か変わってしまうのではないかと不安にも思う。
話してしまうことで、優しい彼女を悲しませることにならないだろうか。
願わくば、権兵衛さんには笑っていて欲しい。