大きなあなたと
あなたの名前は?
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アラームの音で目が覚めた。
昨日と同じ6時にセットしていたものだが、鳴っているのは僕のスマホのアラーム音だけだった。
昨日の権兵衛さんの様子を考えると、目覚ましはセットし忘れたのかもしれない。
アラームを解除し、身支度を整える。
権兵衛さんがいつ起きてくるかわからないが、きっとこの時間に起きてこないだろう。
以前に子どもになってしまった時に、権兵衛さんが一度だけ寝坊したことがあった。
寝ぼけた権兵衛さんに抱き枕にされてしまったのだが、思い出すと……んん、ちょっとまずいな…にやけそう…。
誰かが見ているわけではないが、思わず咳払いをする。
……まぁ、その時、二度寝した権兵衛さんはなかなか起きなかった。
きっとこの時間に起きるには目覚まし時計は必須なのだろう。
冷蔵庫を覗きながら朝食の準備に取り掛かる。
食材はそれなりにある為、作ろうと思えば何でも作れそうではある。
ご飯は、炊いていないようなので、今日はパンにしておこう。
ある程度、仕込みが終わったところで配達されていた新聞を取りに行き、それに目を通していると、権兵衛さんの寝室から物音がした。
時計の針は8時を指している。
「……起きたか?」
パンをトースターへセットし、フライパンではオムレツを作る。
その間に、少し遠慮がちに寝室のドアが少しだけ開き、権兵衛さんが顔を覗かせているのが見えた。
まだ寝ぼけているのか、ぼーっとこちらをしばらく眺めていたが、突然、キョロキョロと何かを探すような仕草をした。
しかし、しばらくすると何かを振り払うように首を左右に動かしている。
相変わらずよくわからない行動をする。
まぁ、見ている分には面白いのだが。
「おはようございます、権兵衛さん」
「……おはよ」
「朝ごはん出来てますから、顔洗ってきてくださいね」
「…はーい」
声をかければ、権兵衛さんは少しだけ気まずそうな顔をした。
権兵衛さんのことだからいつもより起きるのが遅くなってしまったことや、朝食の準備ができなかったことを申し訳なく思っているのだろう。
家事はやると言ったのだから、そんなに気にしなくてもいいのだが…彼女の性分だろうか。
少し控えめな返事をすると、何故かこそこそと極力物音を立てないように洗面所へと向かっていった。
……こそこそする必要があったのだろうか…。
まるで遅刻した学生がこっそり教室に入ってくるような姿に思わず笑ってしまった。
権兵衛さんが身支度をしている間にテーブルに朝食の準備をしていく。
トーストもちょうどよく焼けたようだ。
「わぁ…!」
扉付近から権兵衛さんの嬉しそうな声が聞こえた。
振り向いて彼女の顔を見れば、先程までの気まずそうな顔はどこへやら、目をキラキラさせている。
好きなものを見つけた時の子どもみたいな表情だ。
「権兵衛さんの口に合うといいんですが」
「見た目でわかるよ、絶対美味しいって」
「ありがとうございます、じゃあ、いただきましょう」
「はーい……って、れい君もまだ食べてなかったの?」
僕がまだ食べていないことが意外だったのか、権兵衛さんは驚いたように声をあげた。
確かに先に食べてしまっても良かったのだが……その考えは少しも浮かばなかった。
「先に食べててくれても良かったのに…なんか待たせちゃってごめんね?」
「大丈夫ですよ、僕もいつもより起きたのが遅かったので。
それに、権兵衛さんも僕が起きて来るの待っててくれましたよね」
「え?ああ、そうだね…まぁ、前はれい君が子どもだったから。
一人で食べるご飯もいいけど、誰かと一緒に食べた方が美味しいし楽しいからね」
席に着きながら権兵衛さんは、優しい顔で微笑んでいた。
誰かと一緒に、その言葉にふっと懐かしい光景が浮かんだ。
「………そうですね」
「………れい君?どうかした?」
普通にしていたつもりだったが、少し感傷に浸ってしまったのかもしれない。
目ざとく僕の変化に気付いたらしい権兵衛さんが不思議そうに名前を呼んだ。
相変わらず気付いて欲しくない時に気付く人だな。
何でもないと答えれば、それ以上は追及されることはなかった。
目の前の料理に気が逸れたのと、僕が話さなかったことでそれ以上の詮索はしないことにしたのだろう。
二人で挨拶をして、いつもより少し遅い朝食を食べる。
権兵衛さんは、美味しそうに料理を頬張っている。
特にオムレツは気に入ったようで、食べながら口元が緩んでいる。
おまけに、手足をじたばたさせている。
「んー!!美味ひい……」
「口にあったようで良かったです」
権兵衛さんの様子に思わずこちらも笑みがこぼれる。
そんなに喜んでもらえると作り甲斐がある。
権兵衛さんは自分の頬に片手を添えて、うっとりとした顔でオムレツを見つめながら呟いた。
「うん、毎日食べたい………はぁ、好き」
権兵衛さんの口から零れ出た言葉に心臓が跳ねる。
……………落ち着け、俺。
あれは、オムレツに対してだ。
思わず零れ落ちた言葉のようだが、妙に色っぽかった。
その熱い視線はオムレツではなくて、僕に向けてほしい…なんて、好きすぎるだろ…。
分かってはいるが、思わず確認してしまった。
「……………………オムレツが、ですよね?」
「ん?うん、あ、でも、オムレツだけじゃなくて…れい君のお料理もっといろいろ食べたい」
「そういってもらえると作り甲斐がありますね」
権兵衛さんは持っていたフォークを咥えながらじっと僕を見つめながら答えた。
………さっきから権兵衛さんの言動が少し…いや、だいぶ……可愛いんだが…。
贔屓目で見てしまっているせいか、先程の声も少し甘えを含んでいるように感じてしまう。
当の権兵衛さんはそんなつもりはなさそうで、思ったことを口に出しただけのようだった。
その証拠に、再び「美味しいー!」と言いながら食事を再開していた。
僕ばっかり翻弄されているな、と苦笑してしまう。
二人でお皿を片付けていると、ふっと昨日の事が頭を過る。
「そういえば…いい夢は見られましたか?」
「む……?」
権兵衛さんの顔を覗き込みながら聞けば、権兵衛さんは少し考えるような仕草をする。
夢の内容を思い出したのか、小さく笑っている。
どうやら悪い夢でも破廉恥な夢でもなさそうだ。
「うーんと……イケメン4人と戯れて、最後は悪戯される夢」
権兵衛さんから出てきた言葉に思わず思考が止まった。
……は?
ちょっと待て。
めちゃくちゃいかがわしい夢見たように聞こえるのは僕だけか?
…うん、権兵衛さんの様子からして僕が思っているような夢ではないとは思うが……それでも詳しく聞かないとな。
「……………はい?」
「え?だからイケメン4人と戯れて、いたず…ら………」
僕が聞き返したと思ったようで、同じことを権兵衛さんが繰り返す。
途中で僕の顔を見た権兵衛さんは、見てはいけないものを見てしまったような顔で固まった。
そして何かを察したのか、一歩後ずさった。
逃げられるとでも?
逃げようとする権兵衛さんの肩をしっかりと捕まえる。
権兵衛さんはびくっと体を震わせ、短い悲鳴をあげた。
捕まったことで逃げられないと感じたのか、権兵衛さんは抵抗はしなかった。
そして詳しく彼女から話を聞いてみれば、4人の男と楽しく話をして、最後は吃驚箱の悪戯を受けたという物だった。
うん……そんなことだろうとは思ったけれど。
勝手に想像してしまったのは僕の方だが……まぁ、そもそも他の男と楽し気にしてると言うのが…。
………いや、夢の中の人物に妬いてどうするんだ…。
どう転んでも翻弄されるのは僕の方らしい。
惚れた弱みだな、なんて小さく笑う。
これ以上、踏み込んだらいけないというのに……せめて、権兵衛さんが僕の想いに気付かないことを願う。
気付いてしまったら、きっと、止められそうにない。