大きなあなたと
あなたの名前は?
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元の世界とこの世界との共通点、という話をしていた。
同じ歌を知っているという話を聞いて、何を思ったのか権兵衛さんは少し困ったような顔をしたかと思うと、一人頷きながらソファに座った。
権兵衛さんに呼ばれ、隣に座ると権兵衛さんはとんでもないことを言いだした。
「れい君、こっちこっち」
「何ですか?」
「ん、頭乗せて」
「…………はい?」
僕の思考を停止させるのには十分な台詞だった。
一体、何をどうしたら、膝枕しようと思うのか、権兵衛さんの思考回路が理解できない。
動きの止まった僕を急かすように自分の太ももをポンポンと叩く権兵衛さん。
権兵衛さんはいたって真面目なようだ。
「……権兵衛さん、それはどう考えても膝枕にしかならないと思うんですが…」
「うん、膝枕」
「………………」
「…嫌?」
「嫌というか…何でそういうことになったんだろうって思ってます」
「うーん……今、私は、れい君をとても甘やかしたくなったから」
僕の疑問に権兵衛さんはあっけらかんとした様子で言った。
甘やかしたくなったから、という理由で何故…僕は何か試されているのか…?
いや、すごく魅力的なお誘いではあるが。
ただ理由はあまり嬉しくないような気もする。
大人に対する対応ではなさそうだから、権兵衛さんの中で子どもに対する時のスイッチが入ったのではないかと思うくらいだ。
どんな言葉を返せばいいのか、そもそもどうするべきなのか、考えていると権兵衛さんが何かに気付いたように慌て始める。
もしかしたら自分がとんでもないことを言っていることに気付いたのだろうか?
恋人でも何でもない男に膝枕しようと普通は思わない。
ああ、でも権兵衛さんの中で僕は弟認定されてるんだったか?
僕は認めてないが。
「はっ……もしかしたらこういうことしてくれる彼女さんが居るとか!?
さすがにそれは彼女さんに申し訳ないから、やっぱりやめとこうか…」
「……彼女はいないので、大丈夫です」
「あ、じゃあ、奥さんが」
「いません」
違う…!気にするのはそこじゃない…!
俺も俺だ、何が「大丈夫です」だ!
自分で断る理由をつぶしてどうする…!
権兵衛さんから先程の発言を撤回してくれれば、気をつけるように言ってやんわりと断れるはずだったのに。
いや、そもそも最初にすぐに断ることも出来たはずだ。
それなのに断らなかった自分にも非はあるというか、一瞬でも権兵衛さんに触れたいと思ってしまった僕の負けだと思う。
僕の返事を聞いて、断る理由はないと思った権兵衛さんは、少しだけ僕の方に体を寄せた。
僕の顔を下から覗き込むように、首を傾げる。
「じゃあ……する?」
「………はぁ…」
「ん?」
ちょっと待て。
その言い方は……………違うことしたくなるだろ…。
権兵衛さんはそんなつもりで言っていないことはわかっているのに、彼女の言動に振り回されている。
冷静になる為に、深く息を吐く。
不思議そうに首を傾げる権兵衛さんから顔をそらす。
何か良い解決策はないだろうか……そう考えていると、権兵衛さんが動く気配がした。
ちらりと権兵衛さんの方を見ると、両手をこちらに向けて広げている。
あ、これはもう逃げられないやつだな…。
権兵衛さんは諦める気が無いようだ。
ここで断ったら、きっと優しい権兵衛さんは僕の気持ちを尊重するだろう。
困ったように少し寂しそうに眉を下げて「わかった」と言って笑うのだろう。
……一体、僕はどうしたいんだろうな。
断ることも了承することも出来ずにいる僕を見て、権兵衛さんは小さく笑った。
「ほら、いらっしゃいな、れい君」
ゆるゆると柔らかい笑みを浮かべる権兵衛さんに名前を呼ばれた。
そんな顔されたら断れない。
諦めにも似たため息が出た。
最初に断らなかった時点で僕の負けだ。
これは……うん、任務だと思おう。
流石に権兵衛さんの顔は見れそうになかったため、目は閉じ、横向きになって権兵衛さんの膝の上に頭をのせる。
目を閉じているが「ふふ」と小さく笑う権兵衛さんの声が聞こえた。
子ども扱いされているような気がして、思わず「他の人にはこういうことしないでくださいね?」なんて説教じみたことを言ってしまった。
権兵衛さんは楽しそうに「はーい」と返事をすると、僕の頭を撫で始めた。
優しく頭を撫でる権兵衛さんの手の温もりと、ほのかに香るボディソープの匂い。
そして、権兵衛さんが小さく歌を歌っているのが聞こえる。
実際に寝転がってしまえば、思っていた恥ずかしさよりも心地よいことに気付く。
権兵衛さんが甘やかしたいという理由で膝枕をしようと思った気持ちが分かるくらいには、落ち着く。
権兵衛さんが小さく口ずさんでいる歌は、聞き覚えの無いものだが、いつまでも聞いていたくなるくらいに優しく耳に届いた。
このまま目を閉じていると寝てしまいそうだな、と思っていると、頭上で小さなあくびが聞こえた。
ちらりと権兵衛さんの様子を盗み見れば、あくびのせいで出た涙をぬぐっているところだった。
何というか、やっぱり自分の事よりも人の事を優先してしまうようだ。
それは相手が大人であろうが、子どもであろうが、変わらないらしい。
「眠いですか?」
「ん……まだ大丈夫よ」
権兵衛さんは、僕が見ていることに気付き、ふわりと笑った。
口では大丈夫だと言っていたが、目はだいぶ眠そうだ。
「あれ?」と言う権兵衛さんの声を聞きながら、身体を起こし、権兵衛さんの隣に座る。
「もういいの?」とでも言うような顔をしている権兵衛さんに苦笑する。
「十分甘やかされたんで、大丈夫ですよ」
「………本当に?」
「ええ…」
少し不満げな顔をして僕の顔を覗き込むようにソファに手をつく権兵衛さん。
その小さな手に自分の手を重ねる。
重ねられた手を見た後、権兵衛さんは不思議そうに僕の顔をみた。
「れい君?」
「逆に、権兵衛さんのことを甘やかしたくなるくらい癒されました」
「…私は別に甘やかさなくて大丈夫よ?」
「お礼くらいはしないとですよね」
少し権兵衛さんの方に体を寄せる。
僕の顔を覗き込んだままの状態で、目を瞬かせている権兵衛さん。
……やっぱり無防備すぎるな。
さらに近づくと、流石に距離が近いことに狼狽え、身を引こうとするが、僕が手を重ねているためそれ以上動けない。
振り解くことは出来ただろうに、それをしないのは権兵衛さんが優しすぎるからだろう。
僕の名前を呼ぼうと口を動かそうとする権兵衛さん。
ただ権兵衛さんが僕の名前を紡ぐ前に、彼女の額にくちづける。
本当に一瞬、触れるかどうかくらいのくちづけ。
それでも権兵衛さんの動きを止めるには十分だったようで、目を大きく見開いたまま固まってしまった。
そんな権兵衛さんをみて小さく笑う。
「いい夢が見られるおまじない、でしたよね?」
「……………」
目をぱちくりさせたままの権兵衛さん。
全く予想していなかったことが起きたためか、完全に思考停止状態のようだ。
そんな権兵衛さんに苦笑しながら、権兵衛さんの耳元に顔を寄せる。
「……足りませんでしたか?」
「ひえっ…!?」
権兵衛さんは変な声をあげ、ソファの背もたれの後ろへクッションを持ったまま逃げていった。
権兵衛さんにしては俊敏な行動に少し感心しつつ、ちょっとやり過ぎたかな…と思い、権兵衛さんの名前を呼ぶ。
「権兵衛さん」
「…………」
「権兵衛さん」
「…………」
「権兵衛さん?」
「…………」
ひょこっと小動物のように目の部分まで顔を出した。
視線は泳いでいるが、小さな声でごにょごにょと何かを言っている。
嫌がられたのかと少し思ったが、どうやら恥ずかしかったようだ。
見えている部分だけでも肌が赤みを帯びていることからも分かる。
「…嫌でしたか?」
「…嫌じゃないけど…けど………」
「けど?」
権兵衛さんはキッと僕を睨みつけると、少し怒ったように言った。
「あんなことしちゃダメですっ!
れい君があんなことしたら良い夢どころか……!」
「いい夢どころか?」
「破廉恥な夢みちゃったらどうしてくれるの…!」
「…………」
「もうっ……おやすみなさいっ…!」
「ちょ」
権兵衛さんは持っていたクッションを僕に押し付けると、パタパタと自分の寝室へ入ってしまった。
怒ってはいたけれど、顔を赤くして涙目で言われたところで怖さはない。
それに……破廉恥な夢って…。
はぁ、とソファに凭れ、天井を見上げる。
そして先程の権兵衛さんの様子を思い出す。
くすっと笑いが込み上げてくる。
いっそのこと破廉恥な夢でも見て、もっと意識してくれたらいいのに。
そんなことを一瞬思ったが、住む世界が違う僕達はそんな感情を持たない方がいいだろう。
すでに好きになってしまった僕は仕方ないとして、権兵衛さんにまでそれを背負わせるのは違う気がする。
まぁ、意識してもらえるかもしれないが、好きになってもらえるかどうかは別の話だが。
「………………はぁ」
元の世界に戻ってしまっても…今度は、権兵衛さんの事を忘れたくない。
永遠に逢えなくなったとしても、彼女の事はずっと覚えていたい。
願わくば…権兵衛さんにも覚えていて欲しい、そう思ってしまう自分に自嘲した。