大きなあなたと
あなたの名前は?
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買ったものを後部座席に乗せて、僕は助手席に乗る。
権兵衛さんの運転で家までの道を車で走っていく。
前にも通った道だ。
道順も思い出せる。
そして、もう少し行った先には…桜並木が見えるはずだ。
桜の花はすっかり満開になっている。
権兵衛さんと桜を観に来た時にはまだ二分咲き程度だったことと、彼女とした約束を思い出す。
今と同じように車の中での約束だった。
守れるかどうかはお互いわからないながらも、何となく約束した。
「…桜…満開になったんですね」
「ん?ああ、そうだねぇ」
権兵衛さんはニコニコしながら、ちらりと桜並木に目を向けた。
そう、元の世界に戻ってから、権兵衛さんの元で過ごした記憶は忘れてしまっていた。
その中でもふっと、思い出す光景が、桜と着物を来た権兵衛さんと、僕の名前を呼ぶ声だ。
「権兵衛さん」
「んー?どうしたの、れい君」
「……お花見、しませんか?」
「え?」
赤信号で止まった車内で、権兵衛さんに声をかける。
権兵衛さんは僕の方を見てぽかんとした顔をした。
子どもだった僕との約束、権兵衛さんは今の僕とでもいいと言ってくれるだろうか?
「約束しましたよね。
お弁当を作って、お花見をしようって」
「……うん!いいよ!」
約束、と言う言葉を聞いて、権兵衛さんは花が咲いたみたい顔を綻ばせている。
お花見~♪と嬉しそうに呟く権兵衛さんの横顔を見つめる。
僕の心配は杞憂に終わったようだ。
家についてからも「お花見♪お花見♪」とまるで遠足の前の日の子どものように浮かれている。
まだ詳しいことは何も決めていないのにな、と思わず苦笑してしまった。
「思い立ったが吉日!
明日行こう!」
「急ですね」
「うん、だって早く行かないと桜も散っちゃうし、れい君もいつ帰っちゃうかわからないからね」
「…そうですね」
権兵衛さんの言葉に、一瞬言葉に詰まった。
いつかは帰るのに、それがすごく先の事のように考えてしまっている自分に気付いてしまった。
やるべきことは山のようにあるのに…そう思っているのに、少しでも長く権兵衛さんと一緒に居たいと思っている。
僕は…。
「ねぇ、れい君」
思考の渦に飲み込まれそうになった瞬間に、権兵衛さんに名前を呼ばれて顔をあげる。
権兵衛さんは何か思いついたように、にやりと笑う。
「せっかくなので、大人なお花見をしましょ」
「大人なお花見ですか?」
「そう」
権兵衛さんはにこにことしている。
大人な花見?
僕が首を傾げるのを見て権兵衛さんは、こっちこっちと手招きをする。
家には権兵衛さんと僕しかいないのに、耳を貸すように言われる。
今は僕の方が背が高いので少し屈むと、権兵衛さんはすすっと顔を近づけた。
僕たち以外に誰もいないのに、誰かに秘密にするように小さな声で権兵衛さんは囁いた。
「あのね…夜桜でお花見しよう?」
夜のライトアップもきれいなんだよ、とさらに付け加えられた。
大人の花見、なんていうからどんなものを考えているのかと思っていたが…権兵衛さんの口から出たのはとても可愛らしい言葉だった。
……この人、まだ彼女面してるのか?
そうじゃなくて素で言ってるとしたら……めちゃくちゃ可愛いんだが…。
僕が頷くのを確認すると、権兵衛さんはゆるゆると笑みを浮かべる。
ああ、僕が子どもの時にも良く浮かべていた表情だ。
さらに権兵衛さんは言葉を続ける。
「そういえば、れい君はお酒は飲める?」
「ええ」
「じゃあ、お酒も用意しましょー!酒盛りじゃー!」
「……酒盛りじゃーって…」
お酒が飲めることを伝えると権兵衛さんはきりっと勇ましい顔をして、拳を上に突き出しながら高らかに宣言した。
まるで戦に出陣する武将のように。
さっきの可愛さどこ行った?
ただ、今までとあまり変わらない権兵衛さんに内心ほっとした。
一瞬考えそうになった仄暗い気持ちに蓋をして、荷物の整理をする。
権兵衛さんは買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込んでいる。
「れい君!
明日はお昼ぐらいからお弁当作って、道中酒屋さんでお酒買って、夜桜ルートで!」
「ふっ……わかりました、お弁当期待しててくださいね」
「え、れい君、気合入ってるね?」
「とびっきりの用意しますよ」
「楽しみ!
あ、でも、一緒に作るんだからね?」
「ええ、権兵衛さんの手作りも楽しみにしてますよ」
「普通だけどね!私の作るやつは!」
ケタケタ可笑しそうに権兵衛さんは笑った。
それにつられて僕の心もいつの間にか軽くなっていた。