大きなあなたと
あなたの名前は?
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6時にスマホのアラームが鳴り、目が覚めた。
いつもよりしっかりと睡眠時間が取れたことで、目覚めもいい。
アラームを解除をすると、権兵衛さんの寝室から目覚まし時計のアラームの音がかすかに聞こえる。
しばらくするとその音も止まった。
音が止まってからは動きが無いようだったが、ガチャっとドアノブをまわす音が聞こえた。
しかし、鍵を開ける音はしていなかったため、ノブが回っただけだった。
自分で鍵をかけたことを忘れているらしい。
そんな権兵衛さんに苦笑しつつ、再び布団に潜り込む。
ドアが開いたかと思えば、こちらへ近づいてくる気配がした。
目を閉じて寝たふりをする。
まぁ、起きてしまっても良かったんだが、この後の権兵衛さんの動きも知っておきたかった。
しばらく僕の枕元に立っていたようだが、ふうっと小さく息を吐くと、そのまま身支度をしに行ってしまった。
どうやら寝ているか、確認していたようだ。
きっと僕が子どもだった時にも、自分が起きた時に起こしていないか確認していたのだろう。
しっかりと身支度を整えた権兵衛さんは、キッチンへ向かい、朝食の準備を始めたようだった。
朝食の支度に集中しているようで、僕が起き上がっても気付いていないようだった。
さっさと自分の支度も整え、布団を畳んでいると権兵衛さんが、やっと僕に気付いたようだった。
一応、顔を洗いに行ったりしているんだが、その間、全く気付いていない権兵衛さんはやっぱり警戒心が薄いと思う。
「あ、おはようございまーす」
「おはようございます、相変わらず権兵衛さん、起きるのが早いですね」
「そういうれい君はいつもより早いですねぇ」
「そうですね」
僕が起きてきたのが意外だったのか、感心したような声で言っていた。
いや、権兵衛さんが寝かし付けなければ普通に起きられます、と言いたくなったが、本人は自覚がないようなのでその言葉は飲み込んでおく。
権兵衛さんは僕がいつから起きていたのかわからなかったようで、不思議そうな顔をしていた。
フライパンを手にして、権兵衛さんの隣に立つ。
前は椅子の上に乗らなければならなかったが、今は問題ない。
用意されていた卵を割って、目玉焼きを作り始める。
すると権兵衛さんは目をぱちくりさせている。
目玉焼きじゃなかっただろうか?
「えっ……何で目玉焼きだってわかったんですか?」
「ふふ、どうしてだと思いますか?」
「えー……わからないから聞いたのに…」
「少しは考えてみてください」
「うーん……」
僕が目玉焼きを作り始めたことを心底驚いているようだった。
権兵衛さんの今までのレパートリーと、道具の有無、そして他の献立と使っている食材から大体の予想をしたのだが、どうやらあっていたようだ。
不思議そうに聞いてくる権兵衛さんに自分で考えるように言うと、腕を組んで真剣な顔で考え始めた。
権兵衛さんはうんうん唸りながら考えているようだが、思いつかないようだった。
そもそも、そこまで真剣に考えていなさそうだ。
その間に、目玉焼きができてしまったのでお皿に盛り付けようと思ったが、肝心のお皿が用意されていなかった。
考え込んでしまった権兵衛さんに声をかけ、お皿の場所を教えてもらう。
声をかけるとくるりと棚の方へ向きを変え、少し上の方にあるお皿に手を伸ばした。
権兵衛さんからすると少し高い場所のようで手を伸ばす様子を見て、思わず手を伸ばしてしまった。
「およ?」
「高いところのは僕が出しますね」
「……ありがとうございます?」
「どういたしまして」
権兵衛さんは不思議そうな顔して、お礼を言った。
子どもの姿ではこんなことは出来なかったものだから、彼女の手助けができることが少し嬉しい。
まぁ、普段からそうしている権兵衛さんにしてみれば手伝いなど不要だったかもしれないが。
僕の自己満足なのも分かっている。
それでも権兵衛さんの為に何かしたい気持ちになってしまうのだから、仕方がない。
目玉焼きをお皿に盛り付けていると、権兵衛さんがぽつりとこぼす。
少しぼんやりとしていたようだが、少しだけ真剣な声色が混じる。
聞きたいことがある、と権兵衛さんは言った。
権兵衛さんが聞こうとしていることに心当たりがないわけじゃない。
出来ることなら包み隠さず、すべて打ち明けてしまいたいが、僕はまだその決断ができていない。
だから「僕に答えられることなら」と一線をひく。
その言葉を権兵衛さんが聞いたらどうなるのか、優しい権兵衛さんの事だから必要以上には踏み込まないはず。
そんな打算的なことを考えている。
権兵衛さんの方を一度見て、不自然にならないように料理をテーブルに運んでいく。
権兵衛さんはと言えば、何かを感じ取ったようで、少し沈黙の後、言葉を選びながら話し始めた。
本当に変なところで勘が良いというか…相手の引いたら越えてはならない一線を見極めるのがうまいというか…。
「……“れい君”って呼んでて良いんですかね?」
「他に呼びたい名前でも?」
権兵衛さんの言わんとすることはわかる。
僕が"誰"なのか知りたい、ということだろう。
一応、子どもの僕と今の僕が同じ人物であることはわかっているが、やはり今の僕の事はよくわからないのだろう。
それもそうだ。
最初に権兵衛さんと出会ってから、僕は3年経っている。
あの時の僕とはまた違う。
「うーん、“れい君”っていうのは私が勝手につけた名前だし……今は“れい君”っていうか“れいさん”って感じだし?
それか…ちゃんと名前で呼んだ方がいいのかなぁ…って」
「………権兵衛さんの好きなように呼んでもらえればいいですよ」
「………そっか……」
僕の答えに少しだけ眉を下げた権兵衛さん。
すべて話してしまえればどんなに良いだろうか、と思いながらも、まだ言っても大丈夫だという確証がない。
もう少しだけ、待ってほしい。
ただ、待ってもらっても言えるかどうかはわからない。
そんなことを考えている間に、朝食の準備が整った。
権兵衛さんも何か考えているようで無言になっていたのが、食事を食べ始めると先程とは違う質問をし始めた。
年齢に関するものだったので、これは素直に答えておく。
しかし、僕が年下だとは思っていなかったのか、権兵衛さんはとても驚いていた。
僕は子どもになった日の初日に権兵衛さんの免許証を見ているため、彼女の年齢は知っている。
数年違うだけの話なのに、権兵衛さんは遠い目をし始めた。
…年齢に関しては意外と気にするタイプだったのだろうか?
母だの姉だの言う物だから、そこら辺は気にしないのかと思っていたが。
このままだと権兵衛さんの思考が遠くに行きそうだったため、僕が昨日から思っていたことを口にすることにした。
「じゃあ、前みたいに喋ってもらえますか?」
「……ん?」
「意識的に変えてるんだと思ったんですけど……違いましたか?」
「……何のことですか?」
「それです、言葉遣い」
「……一応、大人として?」
権兵衛さんの喋り方についてだ。
子どもだった時は子どもにも分かりやすいようにフランクに話していたが、やはり大人相手となると敬語までは行かないが丁寧な話し方になっていた。
それが悪いとは言わないが、急に距離ができたような感じがする。
彼女からの問いかけには答えないくせに、自分の希望は通したいと思ってしまうのも相手が権兵衛さんだからなのだろう。
権兵衛さんに対しては子どもみたいな我儘も言ってしまう自分に小さく笑う。
「でも、れい君もそうだし…」
「僕はもともとなので…子どもだった時もこれだったでしょう?」
「う……」
「それに僕の方が年下なわけですし」
「うー………」
「ね、権兵衛さん?」
「……………」
眉間に皺をよせながら唸っている権兵衛さんの顔を覗き込みながら、たたみかける。
大した理由はなかったため、権兵衛さんから反論してくることはなかった。
そもそも、どう接していいかわからなくて丁寧語になっていたわけだから、今まで通りでいいと言われればそうするしかないだろう。
ダメ押しで笑顔で名前を呼んだら、権兵衛さんは唸るのをやめた。
納得はしていなさそうだが、何か気まずそうな顔で「はい」と小さく返事をしていた。
強引な気もしたが僕の希望は通ったわけだ。
優しい権兵衛さんのことだから押せば、折れてくれるだろうとは思っていたが。
しばらく権兵衛さんは無言でご飯を食べていたが、何かを思いついたように瞳をキラキラさせた。
「れい君!
私の事はお姉ちゃんだと思って…!」
「母の次は姉ですか…」
「あ、姉さんでもいいし…姉貴とかでも…!!」
「…………」
どうも権兵衛さんは僕を家族という枠組みに入れたいらしい。
流石に年齢を聞いて母とは言い出さなかったが…次は姉か。
懲りない人だな…。
…僕が入りたいのはその枠じゃないんだがな。
「この後は出掛けるんでしたよね?
遊んでないでさっさと済ませちゃいましょう」
「ハイ」
姉と呼んで欲しいと言った権兵衛さんだったが……どう考えても今の状況では逆のような気がする。
素直に返事をして、もくもくと食事を続ける権兵衛さんを見ながら苦笑してしまった。