大きなあなたと
あなたの名前は?
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急に元の姿に戻ったことを権兵衛さんにどう説明するのかを考えていると、廊下からパタパタと足音がした。
権兵衛さんの物だとは思うが、少し慌てた様子の足音に、眉間に皺が寄る。
何かあったのだろうか。
足音は脱衣場の前で止まった。
扉の向こうではそのまま動きがなくなった。
不審に思っていると、心配そうな声で名前を呼ばれた。
「れい君?」
思わず返事をしかけた口を閉じる。
今返事をするのはどうなのだろうか。
元の姿に戻った僕は、やはり声も変わってしまっている。
此処で子どもの声じゃない返事が聞こえたら、流石に権兵衛さんも驚くだろう。
返事はしない方がいいだろう、と黙っていたら突然扉があいた。
それと同時に権兵衛さんが涙目で叫びながら突進してきた。
「れい君!
死なないでぇぇぇぇぇっ!!」
「っ!?」
「いったぁ!?」
前を禄に見ていなかった権兵衛さんは思いっきり僕に激突してきた。
狭い脱衣場でよける場所なんてものはなく、僕はその場にとどまることしかできなかった。
そのため、権兵衛さんは顔面からぶつかってきた。
衝撃はあったが、体格的にも僕がよろめくことはなく、反対に権兵衛さんが反動で後ろに倒れそうになる。
反射的に体が動いて権兵衛さんを抱きとめていた。
ぶつかったことで痛めたであろう鼻を抑えて、目をきつく閉じている権兵衛さん。
そんな彼女が可愛くて可笑しくて、思わず口元が緩んでいた。
いろいろ考えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
「…………?」
「……大丈夫ですか…権兵衛さん」
声をかけると、ゆるゆると権兵衛さんは瞼をあげる。
手は鼻をおさえたままだったが。
目が逢うと、権兵衛さんは目を大きく見開いた。
権兵衛さんの瞳に僕が写っているのが分かる。
本来の姿を初めて権兵衛さんに見せることになったのが、少しこそばゆい。
どんな反応を彼女はするのだろうかと、思っていると、権兵衛さんはすっと僕の腕の中をすり抜けた。
は?
僕を無視して浴室の扉をバンッと勢いよく開ける権兵衛さん。
僕はそのままの格好で固まるしかなかった。
もっと、こう……反応があってもいいのでは?
「れい君!
……………あれ………れい君?」
思わず目が点になってしまったが、涙目で駆け込んできたことや僕を探しながら浴槽の中まで真剣に見ている権兵衛さんを見ると状況が読めてきた。
どうやら僕が溺れているのではないかと思っているようだ。
何故、そんな考えに至ったのかを考えていると、時計が目に入る。
時間を見て、苦笑した。
権兵衛さんにとっては3日前まで僕と一緒に居たから、大体の僕の入浴時間が分かるのだろう。
なかなか出てこない僕を心配して見に来たというところか。
脱衣場の前から声をかけたが、返事がなかったため、最悪の事態を想像して飛び込んできたようだ。
心配をかけてしまったことを申し訳なく思いつつも、こんなに心配してくれたことを嬉しくも思う。
ただ、僕が子どもだったからこれだけ心配したのかもしれないが。
浴室で佇んでしまった権兵衛さんに声をかける。
「権兵衛さん」
僕の声に反応して、権兵衛さんは恐る恐る振り返る。
本当だったら、脱衣場に知らない男が居た時点で逃げるなりなんなりしてほしいところだ。
僕だからよかったものの…いや、僕だとしても警戒はしてほしい。
権兵衛さんは、先程よりも目を大きく見開いて僕をじっと見ている。
もともとくりっとした大きな目だが、それを更に見開いているものだから、落ちてしまいそうだな…なんて思う。
「あの、権兵衛さん」
「………ど……どどどちらさまですか…!?」
「落ち着いて…と言われて落ち着けるかわかりませんが、怪しいものではありません」
「え………」
「今、怪しすぎるって思いました?」
「あ、はい」
「僕もそう思います」
一応、警戒はしているし、動揺もしているようだった。
落ち着くように声をかけるも、完全に怪しい人物の台詞だな、と苦笑する。
権兵衛さんの反応も実に素直なもので、不審なものを見る目がすごい。
しかし、少しの沈黙の後、権兵衛さんから警戒の色が薄れた。
「…………もしかして……れい君?」
いろいろなことを考えて、その答えを導き出したのだろう。
何故そう思ったのかを聞いたら、勘だと答えていたが。
しかも、女の勘から母の勘と言い直すところが権兵衛さんらしい。
以前にも似たようなやり取りをしたことを思い出す。
僕の返事を聞いて、僕と子どもの僕を結びつけることができたらしい。
緊張の糸が切れたかのように権兵衛さんは座り込んでしまった。
その様子にはさすがに慌ててしまった。
権兵衛さんの様子を窺うために、膝をつく。
「権兵衛さん!大丈夫ですか?」
「あはは………あんまり出てこないから、れい君、溺れたんじゃないかと思って…。
良かった……大きくなっただけで…」
「……すみません」
「ううん、れい君のせいじゃないから大丈夫よ」
「……頭撫でなくていいです」
「あ、ごめんね、つい」
大きくなったことに関しては、大したことじゃない、とでも言うように権兵衛さんは言葉を発した。
いや、大したことだけど…と思ったが、別の世界に行くことに比べたらやっぱり大したことじゃないのかもしれない。
そもそも子どもになっていたことの方が僕にとっては、大したことだったのだし。
元の姿に戻ったが、権兵衛さんの対応は子どもだった時の物とあまり変わらない。
謝る僕の頭に手を伸ばし、撫でてきた。
大人になっても頭を撫でられるというのは、ちょっと照れるものがある。
少し落ち着いたようで、のんびりゆったりとしたいつもの権兵衛さんの表情に戻っていた。
そして頭を撫でる手を止めると、思い出したように話し出した。
「あ、そういえば、さっきは受け止めてくれてありがとう」
「いえ、まさか突進してくるとは思いませんでしたけどね」
「それだけ心配したってことー」
心底、安心したように息を吐いた権兵衛さん。
しばらく、僕をじっと見た後、苦笑した。
どうしたのかと思えば、服を着るように言われた。
権兵衛さんの指摘はごもっともなもので、流石にいつまでもタオル一枚でいるわけにもいかない。
素直にその言葉に甘えることにした。
権兵衛さんはそのままお風呂に入ると言い出した。
僕としてはすぐにでも今後の事を話したかったが…権兵衛さんにも落ち着く時間が必要だろうと思った。
笑顔で権兵衛さんに了承の旨を伝える。
リビングに戻り、自分が着ていた服を着る。
それと同時に、スマホ以外に自分が身に着けていたものを改めて確認する。
何か変わったことが無いか、順番に確かめていくと、財布につけていた権兵衛さんから貰った根付に今までなかったものが付いていた。
「…こんなものついてなかったはずなんだが…」
根付のパワーストーンと同じくらいの小さな丸い透明な何か。
見た目では透明のビー玉のようなものだ。
よく見ると下の方がほんのりと色付いている。
これと言って仕掛けがあるようにもない、ただのガラス玉。
一体、これは何処から来たのだろう。
一応、今後、どうなるのか見ておいた方がいいだろう。