小さなあなたと
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お風呂に入りながら、先程までの事を改めて考えてみる。
まさか、名前を当てられるとは思っても見なかった。
まぁ、権兵衛さんにしてみれば、当てようなどとはつゆほども思っていなさそうだったが。
ただ、本当に思いついた名前が“れい”だったのだろう。
思わず驚いてしまった僕を見て、何を思ったのか、別の名前の提案までしてきたが…さすがに赤井と同じ名前で呼ばれたくない。
れいに決めさせてもらった。
赤井を連想させる名前のせいで、何故“れい”にしたのかを聞きそびれてしまったが…それも後々聞いて行けばよいだろう。
「……………はぁ」
大人であったら経験しないようなことばかり起きて、内心焦ってしまっている。
いきなり抱き上げられるとか、一緒に風呂に入るかと聞かれるとか。
いや、彼女の対応は間違ってない。
子ども扱いされることになれる必要があるな、と思ったのは間違いない。
鏡で見た自分は小学1年生くらいのように感じたが、権兵衛さんの対応を見る限りそれより幼く見えるようだ。
とにかく……早く帰る方法を見つけなくては。
風呂から出てリビングダイニングに向かうと、キッチンで権兵衛さんが何かしているのが見えた。
僕が声をかける前に、気付いた権兵衛さんがにっこり笑う。
「お風呂ありがとうございます」
「いいえ、今、ご飯作るからね。
嫌いなものとかない?」
「大丈夫です…あの…手伝います」
「え?」
手伝いをかってでたら、権兵衛さんはきょとんとしてしまった。
言ってから、あまりこれは子どもらしくなかったか…と心の中で思った。
「うーん………本当は休んでてほしいんだけど…」
「……料理好きなんです」
しばらく考えたる様子だったが、キッチン台の前に椅子を運んできた。
そこにボールと卵、箸をおく。
「れい君、ここ乗れる?」
権兵衛さんはさっき移動させた椅子を指さす。
少し高めだが、乗ってみせた。
「では、まずは手を洗いましょー」
小さい子に話すような言い方に思わず、苦笑した。
いや、間違ってはいないが、慣れない。
「れい君にやってもらうのは、卵を割ってお箸で混ぜるお仕事です」
普通に言ってくれればいいのに、なんて苦笑しながら思う。
職業柄の癖だろうか。
「できますか、れい君」
「わかりました、権兵衛さん。
ちなみに何を作るんですか?」
「卵雑炊ですよ~」
僕が卵を割り始めたのを横目で見ながら、コンロの鍋を見ている。
慣れた様子で作っていく。
「本当はおかゆさんのがいいかなーって思ったけど、私は卵雑炊の方が好きなのでこっちにしました」
「何も聞いてないですけど」
「れい君、手厳しい!」
笑いながらそういう権兵衛さんとのやり取りに、心が軽くなるのを感じた。
自分が思っている以上に疲弊していることに気付かされる。
権兵衛さんはわかっているのか、いないのかわからないが…いや、彼女なりに気を遣っているのだろう。
「お、卵上手に混ぜれましたね、えらいえらい」
「……頭撫でなくていいです…」
本当に小さい子にするように頭を撫でられた。
いや、だから自分は、今彼女から見たら子どもなわけで…。
でも、この行為は非常にむず痒い。
卵割って混ぜただけで、褒められるとか。
………いっその事、自分は大の大人であるという事実を忘れてしまいたい…。
「では卵いれてきまーす」
自分の仕事が終わったところで洗い物でもしようかと思ったが、それは権兵衛さんに止められた。
ローテーブルの方で待ってて、と言われ、その言葉に従う。
待ちながら、ずっと権兵衛さんの様子を観察する。
……怪しい動きはしてない、普通に料理を作ってるだけだ。
なるべく見知らぬ人の作った物は口にしたくないところだが…少なくともしばらく世話になる相手だ。
大人ならまだしも、子どもが食べないともなったら変に思われてしまうだろう。
まぁ、作る様子もみていたことだし、食べても問題はない。
「お待たせー、熱いから気をつけて食べるんだよー」
「はい」
いただきます、と言うと台所に戻ろうとした権兵衛さんが「あ」と言ってこちらを振り返る。
「熱いかもだからふーふーした方がよい?」
「大丈夫です!」
またもや爆弾発言を投下していった。
こんなんで慣れるのか…?
勢いよく断ると、権兵衛さんは何てことなさそうに台所へ戻っていた。
はぁ、とため息を着いたが、卵雑炊の良い匂いに急に腹が減る。
レンゲで少し救って口に入れる。
「……うまい…」
想像していた以上に美味しかった。
お店で出るようなタイプの味ではなく、とても優しい味付けだ。
自分で作るものとはまた違うが…これはこれでありだな。
「どう?お口にあいますかね、れい君?」
「美味しいです」
「そう、良かった」
台所から戻ってきた権兵衛さんは自分の分と、まだ卵雑炊が入っている鍋を持ってきた。
同じものを食べるらしい。
「おかわりもあるからねー」とのほほんと言われた。
黙々と食べていると視線を感じた。
ふっと顔をあげると、権兵衛さんは嬉しそうにこちらを見ていた。
…ああ、その感覚はわかるな、と。
自分が作った物を人が美味しそうに食べているのを見る気持ちを思い出す。
きっと彼女もそんなことを思っているんだろう。
この卵雑炊の味は、彼女自身の優しさの味のような気もした。
(れい君の食べる姿、すごくかわいい……癒される……)