小さなあなたと
あなたの名前は?
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目を覚ました女は、名無し権兵衛と名乗った。
夜の間に彼女の鞄を見た時に免許証も見たが、偽りはなさそうだ。
ここの住人らしい。
話をしてみる限り、彼女に怪しい部分は見当たらなかった。
彼女自身も僕がどうしてここにいるのか不思議だという感じだった。
ただ、僕が何かを言うたびに、複雑そうな困った顔をしている。
スマホを借りて風見や部下、自分の知りうる相手や機関に電話をしてみるが…どれもつながらなかった。
深いため息が出た。
新聞を見た時からうすうす感じてはいたのだが、ここは僕の知っている東京ではないようだ。
元の場所に戻る為にも、まずはこの場所に留まれるようにしなければ。
彼女は家に帰ってきたら自分がいたと言った。
ならば、何か痕跡が残っているのではないかと思う。
心配そうな顔でこちらを見ている彼女に賭けるしかないだろう。
鞄の中身や部屋の様子、写真、それに彼女自身と話をしてみた様子から、多少の無理を言っても受け入れられるのではないだろうか、と踏んだ。
取り敢えず、帰る方法を探すための拠点を作りたい。
ある意味、何故子どもの姿なんだと思ったが…この時ばかりは子どもの姿の方が都合が良いとも感じずにはいられなかった。
「あの…」
「ねぇ…あなたが嫌じゃなかったら、しばらくここにいる?」
「はい?」
きょとんとする僕に、彼女は柔らかく笑いながらそういった。
自分が頼もうと思っていたことを、先に言われてしまった。
しかし、いくら何でも、自分が子どもの姿をしているからと言って、全く知らない人間を引き留めようとするものなのだろうか。
一般人かと思ったが、何か裏が…?
思わず眉間にしわを寄せてしまったようで、彼女が小さく笑いながらつづけた。
「よくわからないけど、帰り方がわからないのでしょう?
本当なら警察に連絡してあなたを保護してもらうのがいいんだろうけど……」
ちらりと僕の顔を見ながら言う。
警察に保護、確かに普通に言えばそれが正しいだろう。
僕としてはあまり良いとはいえないが。
「でも、熱も出してて怪我もこんなにしてるし……ちゃんと体を休めた方がいいと思うの。
体が疲れてる時ってね、心も疲れちゃうことがあるから…あなたはこんなに小さいんだし…もちろん、あなたがどうしたいのかが大切だから、嫌ならそれでもいいよ」
目線を合わせながら、優しく彼女は言った。
願ってもいない申し出だ。
選択権は自分にあると、彼女は言う。
本当に人が良いのか、子どもに対して寛大なのか…返事をしない僕へもいらだつことなく、見守っている。
「記憶も曖昧みたいだし…まぁ、ここがあなたにとって良い場所かはわからないけれど」
まだ記憶喪失疑ってるな…。
でも、かえってその方が都合が良いだろう。
「わかりました。
………僕も、まだよくわからないことだらけなので…いろいろ調べたいこともあるので…」
「うん、わかった。
私もあなたがちゃんとおうちへ帰れるように協力するね。
取り敢えず……あなたの怪我がちゃんと治るまで。
それ以降は、またあなたにどうするか聞くね。
協力はすると言ったけど…私に出来ることなんて程度が知れてるからね」
「はい、わかりました。
よろしくお願いします、名無しさん」
「あなたは礼儀正しいねぇ…そんなにかしこまらなくていいからね。
同じ家で暮らすんだから名前で呼んでくれればいいよ」
「権兵衛さん…でいいですか?」
「うん、ありがと。
えっと………ごめんね、あなたの名前を聞いてなかった」
「名前…」
名前…今は子どもの姿。
本来の名前である降谷零も、偽名としての安室透の名前も、使いにくいことは確かだ。
自分の知っている世界ではない思ってはいるが、それもまだ確実とは言えない。
ここは新たな名前を適当につけるか…。
「あ…もしかして名前覚えてない…?」
「え…あ、その…」
考え込んでいたら心配そうな彼女、権兵衛さんの顔が見えた。
適当な名前と言えど、急なことでなかなか良い名前が思いつかない。
まぁ、記憶喪失だと思い込んでいるようなので、それを使わせてもらうとしよう。
「すみません、思い出せないんです」
「そっか…ごめんね、気を遣わせちゃって」
「いえ、言われるまで考えもしませんでした」
「でも……いつまでも“あなた”って呼ぶわけにもいかないから…」
うーん、と考えていたかと思えば、ぱっと明るい顔をした。
何か思いついたのだろうか?
「権兵衛さん?」
「ねぇ、もしよかったら、私が名前を付けてもいい?」
「はい?」
「あ、嫌だったら無理にとは言わないんだけど…基本、名前を呼ぶのは私だろうし。
もちろん、思い出したら本当の名前を言ってくれればいいんだけど」
まぁ、確かにこの状況で僕の名前を呼ぶのは彼女だけだ。
自分で考える手間も省けるな、などと感じていた。
「わかりました、いいですよ」
「ありがとう!
あ、もちろん、気に入らなかったら嫌だって言ってくれればいいからね!」
「はい」
一体、どんな名前を付けられるのかとなんだか少し緊張してきた。
彼女は目を細めながらこちらを見て、柔らかく笑った。
「れい、っていうのはどう?」