小さなあなたと
あなたの名前は?
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ピピピピピ…ピピピピピ…規則的な機械音が頭上で鳴り響く。
布団から手を伸ばし、音の発信源を探す。
やっと見つけた所で、ボタンを連打した。
しかし、ボタンだと思っていた場所にボタンが無く、仕方なく顔をあげ、目視でボタンの位置を確認して押した。
もう少し寝ていたいような気がしていたが、目覚ましを止めるという動作で体を動かしたことで身体は起きるモードに入ったらしい。
むくりと起き上がり、しばらくぼんやりとしている。
時計の針は6時を指している。
………あれ、私、いつの間に眠っちゃったんだろう…。
ぼんやりとそんなことを考えた。
昨日はそう、お風呂に入った後にれい君に髪の毛を乾かしてもらって………あれ?
れい君は?
一気に頭が覚醒した。
ばっと再び時計に目をやり、ベッドから飛び起きる。
頭は覚醒していたが、体はまだ完全に起きたとは言えず、私は転びそうになりながらリビングへ向かう。
「…………れい君?」
私の声に返事はなかった。
聞こえてくるのは、冷蔵庫の機械的な音だけだった。
れい君の姿はなかったが、リビングのソファの側に置いてある箱を覗く。
昨日はこんなの無かったのに。
そっと中を開けてみると、れい君が使っていた服や靴、歯ブラシなどが綺麗に詰められていた。
几帳面だなぁ…荷造りなんてしなくてよかったのに…なんて思いながら、苦笑する。
それと同時に、ああ、帰っちゃったんだな…と感じた。
寝てたら起こしてって言ったのに…いや、そもそも半分寝ながら言ったかられい君には届いてなかったのだろうか?
ああ、ちゃんとさよなら言いたかったのにな。
少しだけ寂しい気持ちになったものの、れい君の願いがかなったんだから喜ばないとな、と思いなおす。
そしてふっとテーブルに置いてあるメモ用紙と何かの箱を見つけた。
何だ、これ。
箱を手に取ってみると…買った覚えのない睡眠導入剤だった。
すでに箱は開いていて、中を確認すると減っている。
え、何。
不思議に思いながら、畳まれたメモ帳に目を通す。
それは、れい君からのお手紙だった。
これまでの感謝の気持ちが述べられていたことは、まぁ、想定内だけど、次の文章に私はぎょっとした。
“権兵衛さんが飲んだのはサプリじゃなくて、睡眠導入剤です。騙してすみませんでした”
あの異様に眠たかった原因はれい君に薬を盛られたことだったのか。
え、私、一服盛られたの?
れい君、大人に薬を盛るなんて本当にどんな世界で過ごしてるの?
大人を眠らせるのはコナン君くらいだと思ってたのに。
れい君の将来がちょっぴり心配になってしまった。
しかし、何故、私は眠らされてしまったのだろう。
私が起きていたら困ることでもあったのだろうか…。
そんなことを考えていたが、手紙の最後を見て、何となく理由が分かったような気がした。
“権兵衛さん、好きです”
きっと照れ屋なれい君の事だ、直接は言えなかったのだろう。
さすがに薬を盛るのはやり過ぎだとは思うが…まぁ、れい君になら騙されてもいいか。
でも、できれば直接聞きたかったなぁ。
照れながら好きって言ってくれるれい君はさぞ可愛かろう!
頭の中で妄想上のれい君に思わずにまにましてしまった。
ああ、最後にぎゅーってしたかった。
れい君からの手紙を何度も繰り返し、読む。
ふっと不思議に思う。
賢いれい君だが、字があまりにも綺麗と言うか、子どもの書く字でない。
書きなれた感じがある。
まるで大人が書いたみたいだなぁ、なんて思いつつ、れい君なら何でもありかな、と結論付けた。
ただ、私の中で、一つの疑問が残る。
私はソファの前で寝てしまったはずなのに、起きたのはベッドだった。
一体、どういうことだ。
れい君が運べるわけないし…そうなると私が無意識でベッドに入ったってこと?
………こわっ。
自分にドン引きする羽目になった。
突然、私の部屋にやってきた可愛い子どもとの生活はこれで終わり。
また、始まるのはいつもの日常。
と、言っても仕事は辞めちゃったから、今までの日常とは違う生活をおくるのだろうけど。
パソコンとプリンターを起動させる。
フォルダから一枚の写真を選択し、印刷する。
れい君とツーショットで撮った写真だ。
笑顔全開っていうよりも微笑んでる感じのれい君だけど、これはこれで可愛いのでよしとする。
写真の裏側に日付と一言、ペンで書いた。
貝殻のフォトフレームに入れて、チェストに飾る。
「………よし」
きっとれい君は子どもだから、大人になる頃にはこの不思議な時間の事を忘れてしまうだろう。
もしかしたら部分的に覚えているかもしれないが、人の記憶なんて曖昧なもの。
大人になるまできっといろいろな出来事を経験していくだろう。
この不思議な時間を忘れてしまうくらい、れい君に素敵な出会いや思い出がたくさん増えたらいいなぁと思う。
れい君の魔法使いとして私が最後に魔法をかけるとしたら、魔法使いに出逢った記憶を忘れる魔法をかけるだろう。
別の世界に行くなんて人には話せない内容だもの。
忘れてしまった方が、きっと幸せに生きられる。
だから、れい君が私の事を忘れてしまっても大丈夫。
その代わり、魔法使いの私がしっかり覚えていてあげるから。
私はいつでもれい君の幸せを祈ってるよ。
素敵な時間をありがとう、れい君。
窓を開けると朝の空気は少し肌寒いが、爽やかな風が部屋の中に入ってきた。