小さなあなたと
あなたの名前は?
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うつらうつらしていた頭は完全に下がり、ソファに持たれるように眠る権兵衛さん。
ドライヤーのスイッチを切り、そっとテーブルに置く。
ソファから降りて、権兵衛さんの顔を覗き込む。
小さな寝息を立てて、しっかりと眠っているようだった。
先程、権兵衛さんが飲んだのは美容関係のサプリではなく、睡眠導入剤だ。
しっかり効いたらしい。
昨日、権兵衛さんに薬局へお使いを頼まれたときに、入手した。
ギリギリまで使うかどうかは迷ったが、このまま別れることになったら権兵衛さんに余計なことを言ってしまいそうだった。
騙すような形になってしまったことを申し訳なく思いつつ、簡単に差し出された薬を飲んだ権兵衛さんに苦笑する。
自分がやったこととはいえ、警戒心がなさすぎる権兵衛さんに小言の一つでも言いたくなった。
「………簡単に信じたらダメですよ」
スマホを見れば、一つ目の爆弾が発見される1時間前になっている。
権兵衛さんの寝顔をもう少し眺めていたいが、時間になる前に支度をしなくてはならないだろう。
権兵衛さんが用意してくれた僕の物をすべて一つの箱にまとめる。
用意してもらって悪いが、服なんかは一度しか着ていないものが多い。
権兵衛さんに押し切られて買ったがやっぱり3日分で良かったな、と苦笑する。
今、着ている物も脱ぎ、権兵衛さんがクリーニングに出していた自分のスーツを着る。
子どもの姿に大人のスーツはぶかぶかだが、どのタイミングで元に戻るかわからないため、早めに着ていた方が良いだろう。
着替えていると、ポケットから何かが落ちた。
「……あ」
権兵衛さんから貰った根付だ。
じっとそれを見つめながら、どうするべきか考える。
忘れようと思っているのに、こんなものを持っていったら余計に忘れられないんじゃないか?と頭の中で冷静な僕が言う。
そうだ、置いて行くのが正しい。
そう頭では思う物の、僕は根付をスーツのポケットにしまった。
自分の行動に苦笑しつつ、寝ている権兵衛さんに目をやる。
「うっ……!」
安らかな寝顔だな、と思っていると急に体が熱くなる。
なんだ、これは……!
めまいのようなものに襲われ、床に手を付き、目を瞑る。
しばらくすると体の熱さも収まり、世界が回るような感覚がなくなった。
そっと目を開けてみると、違和感に気付く。
自分の手を見てハッとする。
立ち上がったことで確実なものとなった。
元の姿に戻ったのだ。
スーツも体に合っているし、目線もだいぶ高くなった。
こうなると、この部屋の印象も少し変わる。
当たり前だが、パズルが置いてあるテーブルも椅子に乗らなくても余裕で見ることができる。
一応、部屋に置いてある鏡でも確認してみる。
しっかりと元に戻っている。
ちらりとソファにもたれ眠る権兵衛さんに目をやる。
こんなことになるんだったら、眠らせるんじゃなかったな…なんて身勝手なことを思う。
最後まで僕が大人だと信じなかった権兵衛さんに証拠を見せられたのに。
でも、これで良かったんだろう。
この姿を見たら、権兵衛さんはきっと『名探偵コナン』の降谷零を思い出すだろうから。
まだ僕は彼女の知っている降谷零ではない。
眠っている権兵衛さんの前に膝をつく。
元の姿に戻ってみると権兵衛さんはだいぶ小柄なことに気付く。
子どもの僕から見れば、ずいぶんと大きく見えていたが、一般的な女性の身長から見ても少し小さいくらいだろう。
そっと権兵衛さんを抱き上げる。
この姿だったら権兵衛さんを抱き上げるのも余裕なんだが…と苦笑しながら、彼女をベッドまで運ぶ。
さすがにソファに持たれた状態で眠らせていたら起きた時に体が痛いだろう。
こちらの世界に居る間に元の姿に戻れるとは思っていなかったが、ちゃんとベッドに運べることにほっと息を吐く。
ベッドにそっとおろすと、シーツが冷たかったのか、権兵衛さんは身じろぎをした。
「んん……」
小さく体を丸める権兵衛さん。
そんな子どもみたいな姿に少しだけ笑ってしまった。
権兵衛さんをベットに寝かせ、再びリビングに戻り、チェストに置かれていたメモ帳を破る。
メモと一緒に睡眠導入剤も置く。
「……これで許されるとは思ってないがな」
きっと目が覚めた時に僕がいないことで権兵衛さんは慌てるだろう。
それとも起こしてと言われたのに起こさなかったことを怒るだろうか?
今までの感謝と薬の謝罪、そして、権兵衛さんの事が好きだったこと。
子どもの好きだという気持ちだときっと権兵衛さんは微笑ましく思うのだろう。
ゆるゆると笑みを浮かべる権兵衛さんを思い浮かべながら、それでもいい、と思った。
僕の気持ちを、知っていて欲しくなった。
もう会うことはない相手だ。
言ってしまった方が気が楽だ。
手紙を書き終えると、スマホに目をやる。
そろそろ一つ目の爆弾が発見される時間だろう。
一つ目の爆弾が処理された時に二つ目の存在も分かっていれば、被害もなかったのだが…。
そんなことを考えながら、再び権兵衛さんの居る寝室へ足を向ける。
ぐっすり眠る権兵衛さんを眺めながら、少しだけ開いた唇に目が吸い寄せられた。
額や頬にキスされた時に唇の柔らかさを今思い出してしまった。
思わず彼女の柔らかそうな頬に手が伸びそうになり、ハッとして動きを止める。
……さすがにダメだろ。
ぐっと手を握りしめて、思いとどまる。
その瞬間、寝ている権兵衛さんが「んん…」とくぐもった声を出した。
寝ているのに何故か難しそうな顔をしている権兵衛さんに小さく笑う。
「どんな夢みてるんだか…」
ふっと、以前に権兵衛さんにされた良い夢を見られるおまじないを思い出す。
さすがにそれもどうなんだろうか、と思いつつも、そう言えば先にやってきたのは権兵衛さんだったな、と言い訳を考える。
寝ている権兵衛さんの横に手を置くと、ギシッとベッドが鳴った。
髪の毛を払いのけ、額に軽く口付ける。
「良い夢を」
それと同時に、寝ている権兵衛さんが少し笑ったような気がした。