小さなあなたと
あなたの名前は?
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今日も、権兵衛さんの謎の魔法でぐっすりと眠っていた自分にため息が出る。
ゆっくり眠れることは良いことだが、今日は特に早く起きたかった。
せっかくだから、最後に権兵衛さんの寝顔見ておきたかったんだが……まぁ、仕方がない。
朝食後は黙々とパズルをすることになった。
だいぶ進んではいるが、今日中に完成するかと言われると、多分しないだろう。
取り敢えず進められるだけ進めておくか。
そんなことを考えながら手を動かしていると権兵衛さんがふいに問いかけてきた。
僕が以前事件に巻き込まれたと言ったのを覚えていたようで、詳しいことを聞いてきた。
そう言えば詳しくは話していなかったと思い、差し障りない程度に話したつもりだったが、ふっと権兵衛さんの顔を見るとぽかんと口を開けていた。
周りで事件の一つも起きていない権兵衛さんからしたら、爆弾なんて意味が分からなすぎるのだろう。
ちょっと刺激が強かっただろうか、と言葉を濁したら、変なところで勘のいい権兵衛さんにそれが僕の中では日常的なのではと言われた。
やってしまった、と思っていると、真剣な顔をした権兵衛さんがいきなり立ち上がり、寝室へ飛び込んでいった。
いきなりどうしたんだ、と思っていると、扉の向こうからは何かガタガタ音がしている。
5分もしないうちに権兵衛さんは何かを持って部屋から出てきた。
手のひらに乗せられたものを見ながら、確認の為、聞いてみると、僕が思ったものであっていたようだ。
どうやら先程の話で心配させてしまったらしい。
「パワーストーンですね」
「そう、魔除けのね」
「でも、権兵衛さんのなんじゃないですか?」
「ううん、私よりも危険っぽい所で生きてるれい君に持っててほしいな。
まぁ、向こうの世界に持っていけるのかは謎なんだけど」
「………わかりました、ありがとうございます」
「私はもう一つあるし、ほら、これ」
権兵衛さんの気遣いが嬉しかったのは言うまでもない。
くすぐったい気持ちになっていたが、権兵衛さんがスマホにつけているものを見て、複雑な気持ちになった。
同じようにパワーストーンが付いている根付だが、全く同じものではない。
明らかに権兵衛さんのつけているものは魔除けではなく、恋愛関係のパワーストーンだ。
今日まで敢えて触れてこなかった話題に、今触れてしまうわけだ。
「………そう言えば、権兵衛さんって恋人とかいないんですか?」
「残念なことに……。
私に素敵な恋人か旦那様でもいたら、三人で家族ごっこが出来たのにねぇ?」
「やりませんよ……」
恋人はいないという言葉に内心ほっとした。
まぁ、権兵衛さんの暮らしぶりからしても、いないだろうと踏んではいたが。
家族ごっこという言葉に思わず鳥肌が立ったが、最初から恋人が居るという状況で出会っていたら僕の気持ちも違ったかもしれない。
ただ、権兵衛さんの事を想ってしまっている今は、無理だ。
絶対したくない、彼女が惚れている男の子どもになる家族ごっこ。
架空の恋人とかいう存在に、苛立ちを隠すことができなかった。
しかし、そんな自分にもため息が出る。
居ないものに嫉妬してどうする、俺。
何とも言えない気持ちを誤魔化すように目の前のパズルに視線を向ける。
しかし、気付いてほしくない時には気付いてしまう権兵衛さんの変な勘。
もはやあれは魔法ではないだろうか?
ただ、肝心な気持ちは読み取ってくれないようだが。
権兵衛さんにわかるくらいに機嫌が悪い顔になっている自分に呆れていると、権兵衛さんは何度も理由を聞いて来る。
あまり踏み込んでこないくせに、こういう時は何でそんなにしつこく聞いてくるんだ…。
心配そうに眉を下げる権兵衛さんを見ていたら、思わず声が出ていた。
「別に……権兵衛さんに恋人が居たら、こうやって過ごせなかったんじゃないかって思っただけです」
「え?どうして?」
「知らない子どもの世話より、好きな人と居た方がいいんじゃないですか?」
「れい君……」
僕が答えたことで権兵衛さんは一瞬静かになった。
もうこれ以上の追及はしてこないだろうと思っていたら、何を思ったのか権兵衛さんが移動し、僕の真後ろに立った。
不思議に思い、振り返ると、権兵衛さんの腕が体の前に回って後ろから抱きしめられた。
思わずそこから抜け出そうとすると、優しく名前を呼ばれた。
その声があまりにも優しくて動きが止まる。
しかも、肩越しに顔を覗き込むようにするものだから……いつも以上に距離が近く、声も耳にダイレクトに響く。
思わず顔に熱が集まりそうになるのを必死に耐える。
権兵衛さんはそんな僕の葛藤には気付かないようで、そのまま話を続けている。
僕も意識しないように会話に集中する。
「私に恋人が居たとしても、同じことをしたと思うよ?」
「………でも、恋人が嫌がったら?」
「そんな器の狭い恋人なんてこっちから願い下げよ?
目の前で困ってる子が居るのに、助けない大人はダメね」
「…………権兵衛さんの恋人になる人は大変ですね」
出逢ってからの権兵衛さんの行動を考えると確かに、やりかねない。
きっと彼女はどんな状況でも子どもを優先するのだろう。
簡単に嫉妬してたら愛想つかされそうだな、と苦笑してしまう。
権兵衛さんはきょとんとしていたが、すぐににやりと悪戯っ子のように笑った。
「あったり前よ、なんていったって私は魔法使いだからね。
そもそも攻略対象じゃないのよ、お姫様を攻略する方がよっぽど簡単だと思うなぁ。
魔法使いを攻略したいっていうんなら、ただの王子じゃスキル不足ね」
「どうやったら攻略できますか?」
「そうだねぇ………」
再び出てきた魔法使い設定だったが、どれだけのスペックの男であれば彼女を落とせるのか。
例え話でもいいから、聞いてみたいと思った。
聞いている限り、なかなか条件が厳しそうだ。
「何にでもなれる魔法使いをただの女の子にしちゃう魔法が使えるようになったら攻略できるかな?
そうなると…王子じゃなくて同業者だけどね…!
それか、甘い誘惑で魔法使いを堕落させる悪魔にでもならないとかしら?」
「手強いですね……」
「そうそう、だから諦めてお姫様を救っておけばいいのよ」
どうやら特別な魔法が使えないと権兵衛さんは落とせないようだ。
もしくは悪魔。
普通の人間ではダメだってことか。
まぁ、これはあくまで例え話だからだが……きっと権兵衛さんをその気にさせるのが重要なんだろう。
そんなことを真剣に考えていたが、考えたところでどうしようもないことに気付く。
元の世界に戻れば、権兵衛さんがどうしているのかはわからないのだから。
恋人ができたとしても僕には知りようがない。
いろいろ考えているとこほんと権兵衛さんが咳ばらいをした。
どうやらまだ話したいことがあるらしい。
「私はこの約一週間、れい君が来たことで面倒だな、とか困ったな、なんて思ったことは一度もないよ。
そりゃあ、突然、知らない子が部屋に居た時はすごく吃驚はしたけどね。
れい君にとっては困った事態なのかもしれないけど、私はれい君に会えて、こうやって過ごせて、とても幸せだよ」
「権兵衛さん……」
権兵衛さんの言葉に偽りはなく、本当にそう思ってくれていることが伝わる。
権兵衛さんは腕を解き、僕の隣の椅子に腰かけた。
そのまま僕の両手を自分の両手で包み込む。
そしてゆるゆると優しく甘い笑みを浮かべる。
「ありがとう、私の所に来てくれて」
あまりにも嬉しそうに言うものだから、言葉に詰まる。
お礼を言いたいのは僕の方だ。
「僕も…権兵衛さんで良かったです。
ありがとうございます」
僕の言葉を聞いてさらに嬉しそうに笑う権兵衛さん。
ああ、やっぱり、彼女が好きだ。