小さなあなたと
あなたの名前は?
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今朝、目が覚めて一番に考えたことは、れい君とは明日でお別れになってしまうということだった。
私がれい君を見つけたのは夜だったから、時間もそれと同じタイミングであれば、れい君が帰ってしまうのは夜くらいだと思う。
実際の所は日中は仕事に出ていていなかったわけだから、昼間からいたとしても不思議ではないのだけれど……何となく夜だと感じている。
女の勘と言うやつが…まぁ、れい君に直接聞けばいい話なんだけれど。
最終日は家でゆっくりしたいということで、昼間はれい君と最後のお出掛けをすることにした。
今日のお出掛けは特別である。
れい君が帰ってしまうのは悲しいけど、いつ帰るのかわからなくて突然いなくなってしまう方がきっと悲しいと思う。
だから、最後の日が分かっているだけでも有り難いと思っている。
ちょっと特別なことも出来るしね。
「れい君、今日、出掛けるからね」
「どこか行くんですか?」
「そう、最初にれい君が着てた服、あるでしょ?」
「ああ…」
「汚れてたからクリーニングに出してたの。
それを受け取りに行くよ」
「わざわざありがとうございます。
でもどうして?」
「いや、れい君が着てたからもしかしたら何か手がかりになるかなっていうのと、人様の物を勝手には捨てられないでしょ?」
「勝手に捨てるっていうのは確かにそうですが、手がかりがって思うのならそのままにしておいた方が良かったんじゃないですか?」
「ん?」
「綺麗にしてしまったら手がかりも何もなくなりそうです」
「………!」
「…全然思いつかなかったって顔してますね、権兵衛さん」
れい君の言葉に思わずあんぐりと口を開けていたら、笑いながら指摘された。
確かに…!
これって……証拠隠滅ってやつか…!
汚れてたから綺麗にした方がいいだろうと思ってそうしたのだが、やっちまったらしい。
「うん……汚れてたから綺麗にしとこうとしか思わなんだ…」
「遠い目しなくていいですよ、服自体に何か仕掛けなんてないでしょうし」
「れい君は本当にいろんなことに気付くね、大人だねー」
「……褒められてる気がしないです」
「褒めてるのに?」
「はい」
褒めたのに嬉しそうじゃないれい君に苦笑しつつ、私は着替えてくる旨を伝え、部屋に引っ込んだ。
しばらく触れてしなかった衣装ケースを引っ張り出す。
仕事が忙しくてなかなか着る機会がなかったのだけれど、せっかくだから今日はこれを着ていきたい。
「れい君、お待たせ」
「別に待ってません、けど……」
「……どうかなぁ、ちゃんと着れてるかな?」
れい君の前に出ると、私を視界にいれたれい君はわかりやすく固まった。
「権兵衛さん……着物着るんですね」
「久しぶりに着たよ、好きなんだけど忙しくてなかなか着れなかったの」
「……似合ってますね」
「ふふ、ありがとう。
れい君に褒めてもらえると自信出るよ」
何故か目を合わせて言ってくれなかったが、似合っているの言葉は素直に嬉しかった。
袖を広げて、くるりと回ってみせる。
少し視線を彷徨わせていたれい君だったが、ふっと疑問を口にした。
「でも、どうして着物なんです?」
「んー…私が着たかったっていうのもあるけど…それは帰ってきてからね?」
「……何かあるってことですか?」
「まぁ、大したことじゃないんだけどね。
さ、準備が出来たから出掛けるよー!」
れい君と一緒に家を出る。
鍵を閉めたところで、れい君の前に手を差し出す。
きょとんとしたれい君に小さく笑う。
「大人なれい君にお願いです。
お姉さんをエスコートしてくれますか?」
「………大人だなんて思ってないじゃないですか」
「あら、私、振られちゃった?」
「………言われなくてもエスコートしますよ、権兵衛さん」
「ふふ、ありがとう、れい君」
私の手をれい君の小さな手がとらえる。
少し不貞腐れたれい君だったが、エスコートはちゃんとしてくれるらしい。
やっぱりそういうとこは大人顔負けだね!
まぁ、断られても手は絶対につなぐつもりだったんだけどね。
どんな手を使ってでも!
クリーニング屋でスーツを受け取るのに少し時間がかかりそうだったため、れい君には隣の薬局にお使いに行ってもらうことにした。
絆創膏がなくなりかけていたため、買ってきてもらうことにしたのだ。
れい君ならお使いも何のその、だろう。
財布をほいっと渡して、「何か欲しいものあったら買っていいよー」と声をかけると苦笑された。
最近の薬局は便利だよね、何でも売ってる。
お菓子も売ってるから、子どもらしく買うといい!
スーツを受け取ってお店から出ると、ちょうどれい君もお使いを終えて薬局から出てきたところだった。
渡した財布を受け取りながら、頭を撫でる。
「ありがとう、れい君」
「…いえ、このくらい大丈夫ですよ」
「頼もしい限りです」
お菓子は買わなかったようだ、解せぬ。
れい君に伝えた用事は終わっているが、もう一つ行き先がある。
家に帰る気配のない私に不思議そうな顔をしていたれい君と歩きながら、思いついたことを何となく話していく。
本当はれい君の居る世界の事がききたいんだけれど、その話をするとどうも複雑そうな顔をするものだから、それは聞くのをやめた。
どうせなら笑ってる顔が見たいから。
「ねぇ、れい君は大きくなったらどんなことをしたい?」
「……将来の夢、とかですか?」
「うん、そんな感じ。
なりたい物とかしたいこととか…将来有望そうなれい君の夢とは何でしょうねぇ」
私の問いかけに、たっぷり時間をかけて考えた後、れい君は笑って「内緒です」と答えた。
めっちゃ可愛いです、その笑顔!
「ちなみに権兵衛さんの夢は何ですか?」
「私?」
「権兵衛さんの夢って気になります」
「んー……」
質問返しをされた。
私の夢とは何だろう?
いろいろ考えてみた結果、れい君とのこの数日が一番好きだなぁって思う。
「私の夢はねぇ、そうね、れい君みたいな可愛い子のお母さんになることかなー」
「………………」
「あ、冗談だと思ってるでしょ、その顔…」
「冗談だと思われてる自覚があるんですね」
「まぁ、信じてもらえないのは仕方ないとして。
もし、れい君が帰れなかった時は、養子縁組して育てようかなっていうのは本気で考えました」
「………そうですか」
「うん、不思議だけど……それくらいれい君の事は大切だなぁって思ってるよ」
「お母さん、とは呼びませんよ…?」
「残念」
いつぞやの私の発言を思い出したのか、苦笑しながられい君は言ってきた。
やっぱり母とは呼んでもらえないか、残念。
まぁ、本当のれい君の母親に悪いから本気では思っていないのだが。
しばらくするとれい君が「あ」と小さな声をあげた。
そう、本日一番の目的地に到着したのだ。
それは初めてれい君を外に連れ出した時に通りかかった川沿いの桜が立ち並ぶ歩道だ。
桜の花はまだ二分咲き程度、満開には程遠い。
れい君とした約束は、永遠に叶わない。
「本当は満開の時に一緒に来たかったんだけどねぇ」
「……いえ、ありがとうございます」
「こちらこそ、一緒に見てくれてありがとう」
少しだけ咲いている桜をじっと見ているれい君に声をかけ、もう少し先へ進む。
橋を渡って向かい側にある、和カフェに入る。
二階の窓際の席はこの桜並木がよく見えるのだ。
満開でないのが惜しいが、ちらほら咲く桜もそれなりに綺麗ではある。
ちょっと物足りないけど。
足りない分の桜はここで足しましょうかね。
桜の形をした和菓子を注文しながら、花より団子になってしまったなぁ、と小さく笑う。
そんな私にれい君は首を傾げていた。