小さなあなたと
あなたの名前は?
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朝食後に、権兵衛さんに呼び止められた。
パズルの続きをしていたが、権兵衛さんが困ったように眉を下げているのを見て、何となく言いにくいことなんだろうと悟った。
「れい君、ちょっと良い?」
「何ですか、権兵衛さん」
「今日、警察行こうかと思うんだけど…」
「…はい?」
急に警察に行くと言い出した権兵衛さんに目が点になってしまったが、すぐに初日のことを思い出した。
確かに、怪我の具合もすっかり良くなってきている。
相変わらず、僕に気を遣っている権兵衛さんに苦笑する。
まぁ、僕に、と言うよりも、子どもの僕に気を遣っているのだろう。
「初日に言ったじゃない?
怪我が治るまでは取り敢えずうちにって。
怪我はだいぶ良くなってきてるよね……そろそろかなぁって」
「…………」
「もちろん、れい君が此処に居たいって言ってくれるなら、居てくれてもいいよ。
ただ、自力で探すのには限界があるし……れい君の捜索願とか出されてないか、確認した方がいいかなって思うの」
捜索願、という言葉を聞き、どう説明するか考えた。
この世界で僕の捜索願が出されることはまずないだろう。
行ったところで無駄足になる可能性の方が高い。
権兵衛さんにそれをどう説明するのがいいのか、考えてはみたが…結局、真実を伝えることが一番手っ取り早いだろう。
権兵衛さんになら話しても大丈夫な気がする。
「権兵衛さんは、僕が居たら迷惑ですか?」
「ううん、迷惑だったら最初から預かったりしないよ。
でも、れい君の願いを叶えるためには、届け出が出ているか確かめることは必要なことだと私は思ってるの」
ただ彼女の優しさに付け込んでいる部分もあるため、僕がいる事で不都合なこともあるのではないかとも思う。
出逢ってから、数日、権兵衛さんはすべて僕の為に時間を使ってくれている。
本来であれば、自分の事をするための時間だったのではないだろうか。
ただ、彼女の人となりからすると、子どもを放っておけないのだろう。
「迷惑だったか」なんて聞いてはみたが、「迷惑だった」など絶対に答えないだろうし、そんなことはつゆほども思っていないだろう。
分かっているのに、何故か彼女から否定の言葉が聞きたかった。
「れい君?」
「それ、見てください」
権兵衛さんに自分のスマホを渡す。
日付の部分を見て、権兵衛さんが不思議そうに首を傾げる。
「今から、信じられないような話をします。
僕自身も信じられないけれど、いろいろ考えてみるとそれしかないと思うので…信じてくれとは言いません。
ただ、聞いてくれますか?」
「………うん」
場所を移動して、ローテーブルを挟んで向かい合わせで座る。
緊張した面持ちの権兵衛さんは、真剣な顔で僕を見ていた。
「僕は、この世界の人間ではないと思います」
僕の話を権兵衛さんは真剣に聞いている。
事件に巻き込まれた後、気が付いたら権兵衛さんの部屋に来てしまっていたこと。
似ているけど、ところどころ自分の居た世界とは違う部分があること。
スマホの日付が事件以前の物に戻り、メールでのやり取りが再び再現されていること。
それらの事を踏まえて、これが事件当日の日付になったら元の世界に帰れるのではないかと考えていること。
あと、記憶喪失ではないということ。
伝えなかった情報は、僕がいた場所は名探偵コナンという漫画かもしれないということ。
これだけはまだ不確かだ。
僕が知らない未来の話。
権兵衛さんが知っている降谷零が、僕なのかどうか…今はまだわからない。
「信じられる話だとは思っていませんが…」
「……ううん、信じるよ」
「……権兵衛さん?」
「……そのスマホの件もそうだし、何より私の部屋に突然現れたっていうのが…別の世界から来たっていうんならあり得るかもーって。
どう考えても、人の部屋に知らない子ども置いていく意味が分からないし」
信じられない、と言われても仕方がないと思っていたが、権兵衛さんの口から出てきたのは「信じる」という言葉だった。
柔らかく微笑む権兵衛さんは、嘘を吐いているようでもない。
自分自身も信じられない話なのに、一体、何故、信じようと思えるのか…。
信じてもらえてほっとした気持ちと、信じてもらえたことの困惑が入り混じる。
きっと複雑そうな顔してしまったのだろう。
僕の顔を見て、権兵衛さんは苦笑している。
「それじゃあ、警察に行ったところで捜索願なんて出てないよね」
「そうだと思います」
「……で、事件のあった日付になったら戻れるかも、なんだよね?
あと、何日くらいなの?」
「……今日を入れたら3日ですね」
「そっかぁ…」
僕の返事を聞き、目を細めながら上を見上げる権兵衛さん。
少しの間、そうして上を見ていたが、すぐににこっと笑みを浮かべる。
そして、名前を聞かれた。
少しだけ、言葉に詰まる。
記憶喪失ではないと伝えれば、本当の名前を聞かれるのは予想していた。
だが、名探偵コナンの世界から来たと言わなかった僕には、名前を告げることは出来ない。
子どもではないことも、できれば、今は権兵衛さんに知らせない方が良いだろう。
ただでさえ似ていると言われているのだから、さらに結び付けてしまうことは避けたい。
言い淀んだのを見て、権兵衛さんはそれ以上の追及をしなかった。
権兵衛さんはいつもそうだ。
必要以上に踏み込んでこない。
相手の顔色を窺い、境界線を見極める。
時々、突拍子もないことをするのに、相手が嫌がる一線を越えることはない。
彼女の優しさに完全に甘えてしまっている。
ああ、普段の僕であれば、もっとうまく立ち回れるのに。
最後まで、権兵衛さんの優しさに甘えて、翻弄され続けそうな気がしている。
ただ、それも悪くないと思う自分もいるものだから、なおさら性質が悪い。