小さなあなたと
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いま、権兵衛さんの所に来て、最大のピンチを迎えている。
「っ権兵衛さん…!落ち着いてください…!」
「れい君が、抵抗しなければ私もこんな手には出ないのだけれど…!」
「じ、自分で脱ぎますから…!」
「じゃあ、すぐに脱いでくれるかな~?
じゃないとお姉さんが脱ぎ脱ぎさせちゃうよ?」
目の前にはじりじりと詰め寄る権兵衛さん。
僕の服を脱がせようと壁際に追いつめてきた。
追いつめられながらも、彼女の死角を探し抜け出す算段をつける。
彼女のスピードと僕の今の体の大きさからしたら、抜けられないことは…ない!
わざと彼女の左側に隙が出来るように壁による。
追いつめられたように見せかけて、権兵衛さんが手を伸ばしてきた瞬間に逆サイドへとすり抜ける。
「えっ!?ちょっと!」
すり抜けた僕にあわせ、急な方向転換を試みたらしい権兵衛さんはバランスを崩してその場ですっ転んでいた。
バッターンと盛大な音を立てて、うつ伏せに倒れた権兵衛さんはしばらく動かなかった。
さすがにやり過ぎたかな…と思ってそっと声をかけると恨めしそうな声が聞こえてきた。
「うう……大丈夫なのに…変なことしないのに…。
消毒するだけだから…そんなに逃げなくても」
「自分でできるって言ってるじゃないですか…」
「だって…ちゃんと良くなってるか確かめたいんだよー…。
心配なのよー…」
うつ伏せのまま手足をバタバタさせている権兵衛さんはまるで駄々をこねる子どものようだった。
唇を尖らせて不満そうな顔で寝転がったまま頬杖をついて、僕を見ている。
どうやら機嫌を損ねたらしい。
心配してくれるのはありがたいが、さすがに…あれはない。
ことの始まりは、僕の風呂上がりに起こった。
リビングへ行くと、救急箱を抱えてにこにこしている権兵衛さんが目に入った。
怪我の様子を見せてほしいと言われたため、腕や足を見せたところまでは良かった。
もうほとんど良くなってきており、軽いところはカサブタくらいだ。
手足の様子を見た権兵衛さんはうんうんと満足そうに頷いた後、おもむろに僕のシャツを掴んだ。
「権兵衛さん?」
「手足はオッケーね。
それじゃあ、次は背中とか見るからぬぎぬぎしようねー」
「…はあ!?」
ばんざーいと脱がそうとする権兵衛さんを振り切ったら、冒頭の状態に至った。
背中見られるとかは別に恥ずかしくもなんともないが、さすがに…脱がしてもらうっていうのはちょっと…。
権兵衛さんはジト目で僕を見ているが、途中から肩を震わせながらクスクスと笑い始めた。
「権兵衛さん?」
「あはっ…ごめっ……れ、れい君があまりにも真剣に逃げるから面白くなっちゃって…!」
起き上がりながらも、まだ笑っている権兵衛さんに思わず脱力した。
どうやらからかわれたらしい。
「はー…ごめんね?
心配なのは本当だけど、れい君が嫌ならもうやらないよ」
「……はぁ……手当は嫌じゃないです…その…脱ぐのは自分でできますから」
「ん、わかった」
権兵衛さんに背を向けてシャツを脱ぐ。
「ちょっと薬塗るね」と権兵衛さんがそっと背中に触る。
きっと痛くないようにしてくれてるんだろうが……ちょっとくすぐったくも感じる。
「ん、オッケーです」
「ありがとうございます」
シャツを着ると救急箱をしまった権兵衛さんが僕の顔を覗き込んできた。
今度はなんだ?と思っていると、安心したようにゆるゆる笑う。
「ちょっとは気が紛れたみたいだね」
「え?」
一体何のことかと、首を傾げる僕に権兵衛さんは苦笑する。
「れい君、…帰ってきてからずっと難しい顔してたよ」
権兵衛さんは自分の眉間を指さしながら、僕の真似をしているのか難しそうな顔を作ってみせた。
ああ…権兵衛さんは気付いていたのか。
確かに向こうの爆弾事件も気がかりだし、どうやって帰るのかもまだわからない。
何処から手を付けていいのかも…はっきり言って手がかりが何もない状態だ。
思わず表情も厳しくなっていたのだろう。
目ざとくそれに権兵衛さんは気が付いて、気を遣ったわけか。
ちょっと気の遣い方は変な気もするが。
「大丈夫、れい君はちゃんと帰れるから」
何を根拠に、とも思ったが…権兵衛さんの目は真剣で。
まぁ、権兵衛さんは僕が別の世界から来たかもしれない、なんてことはつゆほどにも思っていないだろうから。
「まぁ、れい君は物語の中で言ったら王子様なのよ」
「はい?」
唐突に始まった権兵衛さんの言葉に疑問符を浮かべる。
そんな僕には構わずに権兵衛さんはそのまま話を進めていく。
「で、王子様にはお姫様を助けるために試練がかされてるの。
試練を乗り越えるためにはいろんな人からの助けが必要なの。
だから、私はれい君を助ける人なのよね。
役名があるとしたら魔法使いってとこかな」
「権兵衛さんが魔法使い?」
「そう、王子様にお姫様を救うためのアイテムや知恵を授けて送り出す魔法使い」
権兵衛さんはゆるく笑みを作りながら、僕の頭を撫でる。
優しくなでる手はとても温かった。
「試練をすぐに解決できるような大きな魔法は使えないけど、小さな魔法をたくさん王子様にかけるの。
小さな君がこの試練を乗り越えられるようにするためだったら、私は何にでもにもなれるのよ?
もちろん、笑うことが必要な時はピエロにだってなれるんだけどね」
「うわっ」
優しく撫でてくれていた手に少し力が入り、髪の毛をわしゃわしゃされた。
悪戯っ子のように笑う権兵衛さんを思わず見つめてしまった。
本当に優しい人なんだな、と。
子ども相手だからか、ずいぶんとメルヘンチックな例え話だったが、彼女の言わんとすることはわかった。
どうにかしなければと焦っていた気持ちが、穏やかになるのを感じた。
彼女だったら本当に魔法が使えるかもしれないな、なんて柄にもなく思ってしまった。
「まぁ、簡単に言えば、私はれい君の味方だってこと!
さぁ、もう寝る時間だよ、おやすみ、れい君」
「あ……はい、おやすみなさい、権兵衛さん」
権兵衛さんに促されて、ベッドへ向かおうとすると、「あ」と何か思い出したような声をあげる権兵衛さん。
何事かと彼女の方を振り向けば、こちらに近寄ってきた。
「忘れ物」
「忘れ物ってなん、…っ!?」
何を忘れたのか聞こうと思ったら、権兵衛さんがさらに近づいて、額に柔らかいものが触れた。
すぐにそれが彼女の唇だと分かり、思わず手で額を抑えた。
「良い夢が見られるおまじない」
目を細めて笑う権兵衛さんを正視できなくて、慌てて寝室の扉を閉めた。
いやいやいや、額にキスされただけでこんな照れるとかないだろ、俺!
…あー……もう………彼女には、翻弄されてばっかだ…。
布団に潜り込んでもしばらく、心臓が煩かった。