『現在、異菩寺に立てこもっているのは天狗党と呼ばれる攘夷浪士集団で、江戸で最近起きた婦女子連続誘拐事件は彼らの犯行であったことが判明しました。更に本日、真選組の一日局長を務めていた人気アイドルの寺門通さんを人質として、塔に立てこもっている状態です。犯人たちの要求は真選組に逮捕された攘夷浪士達の解放、そして真選組の解散と声明にあります。これらの要求が通らない場合、人質を全員殺害すると訴えています……』
ニュースキャスターの声が聞こえる。
サイレンを鳴らしながら爆走するパトカーに揺られながら到着したのは、高い櫓があるお寺。
サイドブレーキを上げた沖田さんに倣い、シートベルトを外した。
……と同時に、同じく現場に到着した可愛らしいキャンペーンカーにカメラやマイクを持ったマスコミの人たちが一斉に群がっていく。
「すごい人……っていうか、人命が掛かってるのになんで出口塞いでるんですか、この人たち」
「マスゴミって呼ばれるのも納得ですねィ。咲、アンタは危険だから車の中に居な。俺達が出てって……」
その時、キャンペーンカーのドアが開き、"まことちゃん"が出てきた。
……わざわざ着替えたんだ。
「あの…やっぱり、私一緒に行っちゃダメですか?」
車から出ていこうとする沖田さんの袖を握る。
振り向いた彼は微妙な表情を浮かべていた。
「アンタはまたなんでそういう危険なことを……」
「……危険なのは、わかってます。でも……なんだか、置いていかれそうで……怖くて」
そっと袖を握る指に力を籠める。
「あなた達のお仕事は武器が必要になるような危険なもの……屯所であなた達の帰りを待っていて、たまに思うんです。もし皆さんが二度と帰ってこなかったらどうしよう、って」
一人で居ると、いつも悪い想像ばかりしてしまう。
……でも、今は駄々をこねている場合じゃないと思い直し、裾を掴んでいた手を離す。
「な、なんて。あはは、何言ってるんだろう、私。その……すみません、お引き止めしてしまって。足手まといになってしまうでしょうし私はここで待っていますから、どうかご無事で戻ってきてください」
慌てて取り繕うが、沖田さんは少しの間黙り込んで……やがて、小さく微笑んだ。
かと思ったら手首を引かれ、私の身体は薄暗い車内から暖かいお天道様の元へと引っ張り出される。
「なんだ。寂しいなら寂しいって最初から言ってくだせェ。アンタの言い方はまどろっこしくてわかりにくいんでさァ」
沖田さんは、突然のことで体勢を崩した私を支えながら、ずっと借りたままだった上着を私の肩に掛け直した。
「足手まといだァ? 俺が女一人守り切れないとでも? 言っただろ、"この前みたいな失敗はしない"って」
◆ ◇ ◆ ◇
とは言ったものの。
寺門さんの命令で現在真選組は丸腰の状態だ。
そんな状態で彼らをどうにかすることなど出来るのだろうか。
攘夷浪士の解放と真選組の解散……もちろん、そんなことできるはずない。
だが、それをしないと人質を殺害すると確かに彼らは声明しているのだ。
彼らは人質を盾に真選組に対して色々と要求してきた。
その中の一つが……。
「……カレー?」
彼らは信用材料として真選組にカレーを用意するよう指示をしてきた。
なんで、カレー?
要求の思惑はよくわからないが、とりあえずカレーを作ればいいらしい。
それなら。
「私が作ります」
そういうとマスコミのカメラが一斉にこちらを向いた。
それを気にせず塔の上を見る。
「あなた達の要求は叶えます。その代わり人質には手を出さないでください」
隊士が私の言葉をそのまま紙に書き、掲げる。
特に返事が来ないことを考えると……意思の疎通は取れた、のかな。
「よしっ…」
沖田さんから借りた上着を一旦汚れないよう避けてから袖を捲る。
すると一体どこから持ってきたのか、隊士の方たちが私の目の前に会議で使うような長テーブルと大きな寸胴を持ってきてくれた。
……どこから持ってきたんだろう、これ。
「咲さん! 何かお手伝いしましょうか?!」
隊士たちがそう声をかけてくれるけれど、そっと首を振る。
「大丈夫です。それよりも皆さんは人質救出のための糸口を探してください」
そう隊士たちに言いながら野菜を洗って、皮をむき、炒める。
肉も炒めて、具材にある程度火が通ったら水を入れて煮て……煮ている間に飯盒を用意し米を炊く。
「あの、」
思わずテーブルを隔てた向こう側、私を捉えているいくつものカメラを見上げた。
「普通にカレーを作るだけなので……私を映してもどうしようもないのでは……?」
お料理番組でもないし、言った通りただ普通に一般的なカレーを作っているだけなのだ。
だが相変わらずカメラは私を捉えたまま動く気配はない。
言ったところで意味は無いと悟った私はそれ以上口を噤んだ。
そして同時に、視界の端で沖田さんが土方さんにジャーマンスープレックスを食らわせているのが見えたが、それに関しても口を噤むことにする。
具材が柔らかくなるまで煮込んだら一度火を止めてルーをしっかり溶かす。
溶けたら今度は弱火でじっくり10分ほど煮込んで、カレーの完成だ。
「出来ましたよ、カレー」
お皿にご飯とカレーを盛り付ける。
するとそのカレーは一人の隊士がトレーに乗せて脇に座っていた"まことちゃん"に手渡された。
……なんで"まことちゃん"に?
近藤さんと二言三言交わした"まことちゃん"はそのままカレーを持って櫓の方向へと歩きだす。
「言ったろ。俺はお前らのイメージマスコットだ。"馬鹿で物騒で江戸の平和を守る"」
その言葉だけでは何の話をしていたのかは見当がつかないけれど、それだけ言った彼の背をただ見送った。