「14時17分、公務執行妨害で現行犯逮捕!」
手錠を着けられた坂田さん、志村くん、神楽ちゃんを乗せたキャンペーンカーががたがたと震える。
どうやら三人が中で暴れているらしかった。
結局、お通ちゃんが発注したという"まことちゃん"は万事屋の三人組だったようで真選組の殆どの人員でボコボコにした後、手錠をかけて車の中に放り込まれている。
「……あの、沖田さん」
キャンペーンカーの近くで周囲をきょろきょろと見渡している彼に声をかけた。
振り向いた彼を見上げる。
「お通ちゃんの姿が見えないんです。さっき"まことちゃん"が駆け出すときまでは近くに居たんですけど……」
そう言うと殆ど同時にキャンペーンカーの窓が開く。
土方さんと目が合った。
「おい、一日局長は?」
彼がそう言うと沖田さんはもう一度周囲を見渡す。
「それが、先ほどからとんと姿が見えやせんぜ。どこ行っちまったんだ」
「察しろよ。女の子が黙っていなくなると言ったらうんこ的なものに決まってるだろう。さらっと流せ。そんなんだからお前たちはモテないんだ」
そんなことを言いながら車の奥から近藤さんが顔を出した。
「そうだな、アンタがモテない理由がわかった」
呆れたように土方さんは目を瞑る。
「失礼なこと言うな! お通ちゃんはおならもしないしうんこもしない!! 全部可愛いタマゴみたいなので出てくるんだ!! うずらみたいな!!」
ものすごい形相で志村くんが反論してきた……。
「それで純情保たれたと思ってんの?! かえって卑猥だぞ?!」
まあ、それはともかくとして。
「大丈夫かな、何かあったんじゃ……? せめて私に一言くらい言ってくれても……」
「こら咲、女の子同士だとしても言いたくないことはあるだろ?」
「それはまあ、そうかも知れませんが……あんなにしっかりした子が何も言わずいなくなってしまうものですかね?」
本当に忽然と姿を消してしまったのだ。
何だか胸の奥でざわざわと嫌な予感がして、指先が冷たくなっていく。
その時、車の中から電子音が聞こえたと思ったら、土方さんが携帯電話を取り出して耳に当てる。
「はい? ……なんだ山崎か、今取り込んでるんだ。切るぞ」
彼は電話の向こうにそれだけ言うと切ってしまった。
……いいのかな、あれ。
「確か、連続婦女誘拐事件の方を洗ってるんでしたっけ」
沖田さんの言葉に、そういえば朝その調査に行くと言っていたと思い出す。
電話が来るってことは今の段階では特に何も問題なく、無事なのだろう。
山崎さんは監察という役職柄、表立って任務に当たることはない。
だからいつも一人行動ばかりで……ちょっと心配だ。
「あいつ、お通ちゃんのサイン欲しがってましたぜ」
沖田さんがそう言うと土方さんは車のダッシュボードから色紙を一枚取り出す。
そこには"おつう"という文字とハートが描かれていた。
「大丈夫だ。俺が書いておいた」
「なんで土方さんが書くんですか……」
思わずツッコミながらキャンペーンカーの隣をゆっくりと歩く。
……山崎さんも彼女のファンなんだ。
ちょっとだけむっとしてしまった自分を恥じ、ぶんぶんと首を振る。
「案外お通ちゃんも、目ェ離した隙に攫われちまったんじゃないですかィ? 不思議とあの事件、うちの管轄でばかり起きやがるんでさァ」
その言葉を聞き、朝、山崎さんが不安そうにしていたことを思い出す。
婦女子誘拐事件……一体攫われた少女たちはどこに消えてしまったのか。
「冗談じゃねェよ。俺達の目の前でそんなこと起きたら、今度こそオシマイだ。小便かなんかだろ」
「近藤さんと変わりゃしねェや。だからアンタらモテねェんですよ」
「じゃあお前はなんだと思うんだよ」
「そりゃあ……アレの日でさァ」
土方さんと沖田さんとの会話を聞きながらそっと空を見上げる。
看板がたくさん掲げられた高いビルの間から見える空は心地よいほど青くて、呼吸をすると太陽の匂いが鼻先をつついた。
「おい咲、俺と総悟、付き合うならどっちだ」
「……私を巻き込まないでください」
「いいから答えろ」
土方さんは火のついていない煙草を咥えたままこちらを見やる。
今すごいリラックスしてたのに。
「答えろと言われても……」
「なんでィ咲、悩む余地なんざ無く俺一択だろィ」
「抜かせ。俺に決まってんだろ」
どうやらこの人たちはあらゆる面においてお互いに負けたくないらしい。
「ていうか、なんで私に聞くんですか」
そう尋ねると二人は珍しく顔を見合わせ、声まで揃える。
「手近に居る女だから」
二人の言葉に私は頭を抱えた。
「そういうこと言うからモテないんですよ……」
現実逃避もかねて再び空を見上げたその時、大通りに面したビルに設置された大型ビジョンに突然ノイズが走り、その向こうにずっと探していたお通ちゃんの姿が映し出される。
「お、沖田さんっ、土方さん……あれ!」
彼女は画面の向こう、櫓のようなものの上で男に拘束されていた。
「諸君は本当に真選組がこの江戸の平和を守るに足る存在だと思うか?!」
テレビの向こうの男はそう叫ぶ。
その手には槍のようなものが握られていた。
「否! 奴らは脆弱で、ただ税金を無駄に消費する怠け者である! その証拠に我らは奴らの目の前で容易く一日局長を拉致することに成功した! ここに居並ぶ少女たち、そしてこの寺門通が、奴らの無能ぶりを示す何よりの証拠である!!」
大画面の向こうでは拘束された寺門さん、そしてその後ろには恐らくこの近辺で発生している婦女誘拐事件の被害者たちだろう。
「……考えうるかぎり最悪の状況ですね」
キャンペーンカーから顔を出した志村くんと近藤さんは口をあんぐりと開け、まさに絶望と呼ぶにふさわしい表情を浮かべている。
今はどうやら拘束されているだけで無事なようだが、この先それがずっと続いてくれるとは限らない。
「あっちゃー。咲ばっかり気にしてたらあっちが誘拐されちまいましたねィ」
そう言い、沖田さんは真顔で頭を掻いた。
「言ってる場合ですか……とりあえず早く現場に行かないと」
「アンタも行くのかィ?」
心配そうにそう言う沖田さんを見上げる。
「別に待機でもいいですけれど……屯所に帰ったところで私、一人ですよね? 危なくないですか?」
「咲の言う通り、全員で行くのが恐らく一番の安全策だ。奴らの本当の狙いが咲じゃないとも限らねェ。総悟、テメェは咲にぴったりくっついとけ」
「わかりやした」
土方さんの指示に頷くと、彼は私に物理的にぴったりくっついた。
「……そういうことじゃないと思うんですけれど」
「俺が切られたら咲も道連れでさァ」
「手の込んだ心中やめてください」