「……ったく、しゃーねぇな」
がしがしと頭を掻きながらそういう土方さんの様子に、ほっと息を吐く。
いいから帰れと言われたらどうしようかと思った。
まあ、彼らがそんなこと言うはずがないと踏んでおねだりしたんだけど。
「ま、確かに近くに居てくれたほうが安心ですしねィ」
沖田さんも小さく息を吐いて刀の柄をぎゅうと握った。
「えっ、えっ! 咲さん、一緒に回ってくれるの?!」
「うん。あまり目立つことはできないけど」
「全然いいよ! あ、そうだ! ねえねえ、これだけでも着けてくれない?」
そう言いながらフリルたっぷりのエプロンを手に微笑むお通ちゃん。
……まあ、エプロンくらいなら良いか。
そっと彼女からエプロンを受け取り、着ける。
「うぅん……これ、本当に大丈夫?」
こんな可愛らしいエプロン着けたことない。
なんなら普段は割烹着だし……。
「全然大丈夫だよ! あ、そうだ! ね、ちょっと髪いじってみない?」
「え?」
ぽかんとしていると、お通ちゃんはどこからかヘアゴムを取り出し、ちゃちゃっと慣れた手付きで私の髪を弄った。
鏡もないので今自分がどうなってるのかわからないけど……なんとなく感触的に低めの位置でお団子?っぽくされたような気がする。
「ほら、可愛い! 新妻さんって感じ!」
ほ、褒められてるのかな、それは……?
楽しそうな彼女にお礼を言いながら少しだけ寒い首筋を撫でた。
「……おい、これで満足か?それじゃあさっさと、」
「まだまだこれから!」
新しい煙草に火を着けながら少し気怠そうな土方さんの言葉をお通ちゃんは首を振って遮り、すう、と息を吸う。
「ちょっと! あなた達、いい加減にしてよ!」
彼女の凛とした声が響き、まだ騒いでいたらしい近藤さんたちはぴったりと動きを止めた。
「そんな喧嘩ばっかりしてるからあなた達は評判が悪いの! 何でも暴力で解決するなんて最低だよ! もう今日は暴力禁止! その腰のものも外して!」
寺門さんは腰に手を当てながら数歩前に歩み出る。
その様子を沖田さんと土方さんは呆れたように見つめた。
「おいおい、小娘がすっかり親玉気取りか? そいつらはそんじょそこらの奴に仕切れる連中じゃねェんだよ。それに武器無しで取り締まりなんてできるわけねェだろ。刀は武士の魂……」
そこまで言った土方さんの期待を裏切るように、無情にもいくつもの刀が地面を転がる。
指示された通り丸腰になった近藤さん含め隊士たちはびしり、と寺門さんに敬礼を向けていた。
「……転職でもするか」
そう呟いた彼に思わず苦笑いを零す。
「でも、このタイミングでテロリストとかが攻めてきたら大変ですよね……刀はあった方がいいんじゃ」
「咲の言う通り、平和を訴えるっつーことは平和じゃねェってことだ。そんな中で刀を外せるかよ」
土方さんがそう言うが、少し遠くに居る近藤さんはこちらを見て声を荒げた。
「トシ! 総悟! なにをやっているんだ! お前たちも早く武装解除せんかァ!」
「近藤さん、アンタはもう少し頭を武装する必要がある」
そう言い煙草を噛みしめる土方さんの眉間には青筋が浮かんでいる。
言い草は酷いけど、土方さんの言う通り丸腰で隊服を来たまま練り歩くのは些か危険だと私も思う……。
だが、近藤さんはそんな土方さんを諭すように口を開いた。
「今日は一日、イメージアップに尽力せんか」
彼の手は宙を少しだけ彷徨い、数秒悩んだ末、寺門さんの肩に置かれる。
大の大人が頬を染めている様子は……あまり健全な光景には見えない。
「俺が何も考えずにお通ちゃんをお呼びしたと思うか?」
「いや……厭らしいことを考えてお呼びしたと思う」
その時、隊士の一人と目が合う。
「あれ、咲さん、なんか普段と雰囲気違う!」
「ほんとだ!」
ざわめきと共に視線が一気に集中した。
「めっちゃ可愛いじゃん!」
「その髪型似合う~!」
と、いろんな称賛が振ってきて、思わず赤くなった頬を押さえる。
「そ、そうですか……? ふふ、年甲斐もなくお洒落しちゃって、ちょっと恥ずかしい……」
そう呟くと、隊士の方たちはふいと顔を反らしてしまった。
……?
私、なにかまずいこと言ったかな……?
「な、なんだこの気持ち……例えるなら、友達ん家遊びに行ったらめちゃくちゃ綺麗なお母さんが出迎えてくれて大人っぽい雰囲気にドギマギしちゃった感じ……」
「お前それめっちゃ分かりやすいじゃん」
どうやら小声でそんな会話がされていたみたいなのだが、私の耳には届かなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
気を取り直して。
お通ちゃんは私を前面に押し出すということ以外にも、真選組のために色々と考えてきてくれたらしかった。
まず一つ。
局中法度…"士道に背くまじきこと これを犯した者 切腹"。
これを"語尾に何かカワイイ言葉を付ける(お通語)こと これを犯した者 切腹!"に変える、というもの。
物騒なものが丸々残っているという土方さんのキレッキレのツッコミが飛んだが、結局それで行くらしい。
そして二つ。
彼女が自費で発注してくれたという、マスコットキャラクター、"まことちゃん"。
上半身が人間、下半身が馬という、空想上のケンタウロスのような姿をしたマスコットキャラクター。
なぜか背中に矢が刺さった死体が乗っている。
しかもその顔にはこの世の不幸をすべてかき集めたかのような哀愁が漂っていて、お世辞にもマスコットキャラクターとは言えそうにないけど……彼女の好意を無下にするのも申し訳ないだろう。
そうして、結局それらを従え、イベントは開始されたのだった。
「すっごい人ですね」
現在、お通ちゃんはキャンペーンカーの上でゲリラライブ中。
流石江戸が誇る大人気アイドル……端の人が見えないほどの群衆に思わず怖気づいてしまいそうになり、車に寄りかかって立っている土方さんと沖田さんに少しだけ近付いた。
「ああ。局長の人気は流石でさァ。どこにいっても愚民どもで溢れかえってま雪渓から落ちて死ね土方」
「しかしなんだ、この曲は。俺達のこと馬鹿にしてるようにしか聞こえん殴る蹴るの暴行を受けて死ね沖田」
カワイイ語尾……?
彼らの会話をぼんやりと聞きながら、そういえば晩ごはんの準備何もしてないな、なんて考える。
「そりゃあ自意識過剰ってやつでさァ。あっしには甘いラブソングに聞こえますガス中毒であの世へ逝け土方」
それにしてもなんというか……なかなか過激な歌だ。
「流石にラブソングには聞こえませ…せ、せ……せ………背脂……?」
「咲、無理してやんなくていいと思いやす絶壁から身を投げて死ね土方」
「よくそんなすらすら出てきますね沖田さん……」
その時、歌詞が一旦途切れたらしく、スピーカーからお通ちゃんのコールが響く。
「みんなー! ありがとうきびうんこー!」
……もう何も言うまい。
あれが彼女のキャラクターなんだろう。
「余計イメージが悪くなりそう断崖から落ちて死ね沖田」
「実際テロが起きたらどうすんでしょう。刀も持ってねェの煮えたぎった弱火で死ね土方」
「そこだけが怖いですよね。丸腰ではどうしようもないですし……し、えーっと、し、しぐれ煮?」
あ、今日の晩御飯しぐれ煮にしようかな。
この間生姜安かったから大量に買い込んだばかりだし。
それともさっぱりしてるみぞれ煮の方がいいかな。
「もう俺のしったこっちゃねえムーミン沖田殺すぞ」
ムーミン?
「死ね土方」
「死ね沖田」
「死ね沖田…あ、間違えた、土方」
もはや語尾でも何でもなかったが、何やら楽しそうなので突っ込むのはやめておいた。