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白蛇や笑え

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 座敷牢、というものを初めて見た。
 何もない、ただ天井と壁と、木製の格子があるだけのその空間に放り込まれる。
 唯一出るための戸にはいくつも南京錠がかけられていて、何の武器も持たない一般人一人では到底脱出は不可能だろう。
 一応窓はあるけど格子の向こうだし、その窓にすら厳重に鉄格子が設置されていた。
 まさに、誰かを監禁するために作られた部屋、って感じだ。
 窓の向こうに広がっている青空が恨めしい。
 到底届かない青空に焦がれるのはいつぶりだろうか。

「まあ、大人しくしてりゃ悪いようにはしねえからよ。へへ……」

 私を座敷牢に放り込んだ男はそう気味悪く笑って、どこかへ姿を消す。
 一人ぽつんと残され、外界から弾き出されたような気分になると、一気に不安が全身を駆け巡った。

「山崎さん……」

 怖い。
 私はこれから、どうなってしまうんだろう。
 膝を抱え、隅っこで小さくなっていると余計な考えばかりがぐるぐると脳裏を埋め尽くす。
 このまま私は無事で済むんだろうか。
 いや、もう肩にとんでもない傷を負ってしまったので無事とはいえないけれど。
 まともに手当もされず、放置されている傷を見る。
 傷口はぐずぐずになっていて、時折こぽりと音を立てては血が流れ落ちていった。

「止血、しなきゃ……」

 貧血で頭がうまく回らない。
 それでも何とか生きなければという意思はあったので、既に真っ赤になっている着物の裾を何とか破り、傷口にキツめに巻きつける。

「……そういえば……お砂糖、買い忘れちゃった……」

 どうして今更そんなことを思ったのかわからない。
 だけどそう思ったのを最後に、私の意識は闇に飲まれていった。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 ここに囚われてから、一体どれくらい経ったんだろう。
 日が昇っては落ちるのを五回ほど確認したから……もうそろそろ一週間経つ頃だろうか。
 ただただ牢の中で時が過ぎるのを待っているだけの生活は、思っていたよりもずっと苦痛だった。
 自分以外誰もいない空間にいると、ついつい余計なことを考えてしまう。
 ご丁寧に朝昼夕と食事が運ばれてくるけれど、食べる気にもならなくてずっと冷たい壁に体を預けながら何一つ変わらない空を見上げていた。
 今、みんなどうしているんだろう。
 この数日間、住民の悲鳴が聞こえてくることが多かった。
 爆発音と、硝煙も。
 私というカードを手に入れた攘夷浪士たちの行動は日を追うごとに過激になっていく。
 その度に真選組のことを詰るような声が聞こえてきて……私のせいで彼らに足枷が増えていることを痛感する日々。

「食事だ」

 部屋に誰かが入ってきたと思ったら、格子越しに食事が乗ったお盆を差し込まれる。
 それをこの数日と同じく無言で無視していると男は喉の奥でくつくつと笑った。

「最近、真選組がしゃしゃり出てくるようになった。……お前を味わえるのも時間の問題だなあ」

 びくりと肩が震える。
 気持ち悪い。
 ……けど、あの人と過ごした十何年に比べたら何てことは無い。

「やつらが俺達の仲間を切ろうもんなら、まずお前を全員で輪姦まわして、それから指を一本ずつ切って屯所宛に送りつけてやる……へへへ、楽しみだなあ……」

 返事をせずただ窓の外を見つめる無反応な私に男はつまらなさそうに舌打ちをして部屋を出ていった。

「……指は、困るなあ。ご飯作れなくなっちゃう……」

 声が震える。
 鉄格子の向こう、電柱に留まっている真っ白い鳩がきゅ、と首を傾げた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「確かに、それは困るな」

 一瞬、何が起こったかわからなかった。
 耳元でそう囁かれたと思ったら目の前につい数日前に見た顔があった。

「桂…さん……?」
「しー。静かに」

 そう言われ、思わず口元を塞ぐ。

「あの……どうしてここに?」

 小声でそう尋ねると、彼は聞きやすいようにとずいと距離を詰めてきた。

「貴殿を助けに来たんだ」
「え…?」

 なぜ、彼が私を?
 助けてもらったことはあったけれど、私からなにか彼にしてあげたような記憶はない。
 そう考えていると、何かに気がついたらしい彼が急に私の着物の襟を掴んだ。

「か、桂さん…っ?!」
「静かに。大人しくしろ」

 そう言われても。
 この人、今の言葉と行動だけでは敵なのか味方なのかいまいち判断しにくい。
 助けに来たとは言ってくれたけど嘘じゃないとも限らないし……!
 混乱しているうちにどんどん着物は肌蹴ていく。
 その途中、右肩の傷口を血が乾いて固くなった着物が掠めていって、思わず顔を顰めた。

「だから暴れるなと言っただろう」

 そう言うと彼は困ったように眉を下げ、私の傷口を見つめた。

「人質の手当もまともにできんのかあいつら」

 そう言って深くため息を吐いた桂さんはいつの間にか手に持っていた包帯で手際よく傷の手当をしてくれた。
 包帯を巻き終えた彼は腫れ物に触るような手つきで肌蹴た着物を元に戻す。

「よし。今はひとまずこれでいいだろう。事が片付いたら医者に診てもらうといい」
「……ありがとうございます」

 帯を巻きなおしながら思わず桂さんの顔をじいと見つめた。
 彼は残った包帯を懐に仕舞いながら不思議そうに首を傾げる。

「? なんだその顔は。まさか襲われるとでも思ったか?」

 悪戯っぽくそう言われて思わず肩が跳ねた。
 思わずふいと目を逸らすと、彼は喉の奥でくつくつと笑う。

「残念ながら俺には傷ついている女性を組み敷くような特殊は趣味はない。安心しろ」

 ……思ったより意地悪な人だ。
 でも、多分だけど……信用してもいい。

「そんなことより、時間があまり残されていない。今すぐここから逃げるぞ」
「時間がない、って…?」
「真選組は徐々にではあるが攘夷浪士の活動に介入しつつある。先程やつらの様子を盗み見てきたが、貴殿をどうするのが真選組にとって一番ダメージがあるのか話し合っていた。きっとあの話し合いが終わり次第、貴殿に何かしら危害を加えるだろう」

 つまりこのままのんびりしていたら指を切り落とされてしまうということ。
 今後も屯所でお世話になることを考えたら指がなくなるのは大分まずい。
 家事ができなくなってしまう。
 いや、多分それ以前の問題なんだろうけど……指を切り落とされるという経験はないので、いまいち実感が沸かないのだ。

「で、でも……窓には鉄格子があるのにどうやって……? っていうか桂さん、どうやってここ入ってきたんですか……?」
「それは企業秘密だ」

 そういうと彼はにい、と口角を上げて懐を弄り、黒いボールのようなものを取り出した。
 普通のボールとは違うのは、大きめのディスプレイがついていることぐらいか。

「まさか、何の準備もなくこんなところに飛び込んでくるわけないだろう? 入ってこられたんだから、出るのも簡単だ」

 彼がそのボールに付いていたボタンを押すと、真っ黒だったディスプレイになにやら時間が表示され、同時に時を刻むような音が聞こえてくる。
 少しずつ減っていく数字……もしかしてあれ、カウントダウンしてる?
 落ち着いた様子でそれを壁の近くに置いた彼は私の手を引き、部屋の端に寄った。

「耳を塞げ」
「桂さん……あれってもしかして」

 全部言い切る前に頭を守るように抱きしめられる。
 と同時に、人生の中で最大級と思われる爆音が身体を震わせた。
 びりびりとする鼓膜に顔をしかめながら恐る恐る目を開くと、何にもなかった壁は見事に吹っ飛んでおり、雲一つない青空が手の届く場所に広がっている。
 それと殆ど同時に、遠くからばたばたといくつもの足音が聞こえてきた。

「跳ぶぞ」
「え……? ちょ、待っ……!!」

 往来を行き交う人影が小さく見えるほどの高さ。
 しかし桂さんは少しの躊躇もなく私を抱えたまま青空に飛び込む。
 久しぶりに浴びる陽の光と温かい風が心地よくて、思わずそっと目を閉じた。

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