「やっぱり私が見込んだ通りだったわね!」
手のひらにちょこんと乗った小さなリボンを見下げながら茫然としている綺羅の背中をぽんぽんと叩きながら、アヤコはそう言って笑った。
「コウキも頑張ったじゃない!初めてで二位は凄いわよ」
「そ、そうかなあ……綺羅さんの演技が凄すぎて全然喜べないや……」
「確かに綺羅ちゃん、素晴らしかったわ。技の魅せ方もアレンジの仕方も。普段からあんな感じでバトルの練習しているの?」
「は、はい……まあ」
な、とパートナー達に問いかける様にボールをそっと撫でると、頷くようにかたかたと揺れた。
「それにしても本当に凄いわ。どう? ジム巡りもいいけれどコンテストも本格的に視野に入れてみない? 私、貴方と戦ってみたいわ」
「いや、俺はこういうのはちょっと……合わないっていうか」
「あらそう? 残念。もし気が向いたらいつでも声をかけて頂戴な」
そう言い、アヤコは手首に着けた時計を確かめる。
あらもうこんな時間、と彼女は呟いた。
「綺羅ちゃん、コウキ、私そろそろ帰るわね。道中気を付けるのよ」
「あっ、待って母さん。一緒に出るよ。それじゃあ、綺羅さん、僕もこれで!」
広い会場の中、人ごみに紛れて見えなくなっていく二人の背を見送る。
胸の前でゆるゆると振った手のひらが力なく落ちた。
「……"母さん"、か」
ぽつりと、人混みに紛れていったその言葉はパートナー達の元には届かなかったらしい。
特に蓋に聞かれなかったことに安堵しほっと胸を撫で下ろした時。
目の前にふわりと花弁のように鮮やかな紫色が広がった。
人工的な花の匂いがつんとする。
「ハァイ! アナタ、えーっと、綺羅、でしたネ?」
やたら背が高い人だ。
目線の前に惜しげもなく晒された胸元があって綺羅は少し後ずさった。
見上げると、ドレスと同じ色の髪を四つに結わえた声の主と目が合う。
黒いが心なしか色素が薄い、澄んだ瞳だ。
「さっきのコンテスト、見事デシタ。ビギナーとは思えないデスネ!」
「あ、ありがとうございます……?」
彼女が手を動かすたびに、真っ白い手袋がしゅるしゅると音を立てる。
「ところでアナタ、ジム巡りはしていますカ?」
きらりと彼女のドレスに着いた装飾が天井から注ぐライトを反射した。
眩しくて、少しだけ目を細める。
「え? ええ、まあ、してます。というか、そっちの方がメインで」
「Oh!アタシの目に狂いは無かったみたいデスね!」
「……えーっと……?」
「アタシ、メリッサっていいマス! ヨスガシティジムリーダー!」
彼女はそう言いながら、くるりとその場で器用に回転してみせた。
かつんと鋭いヒールの音がホールに響き渡る。
「アナタが来るの楽しみにしてマス! 今日は疲れたでしょうカラ、いっぱいおやすみして、元気にジムきてくだサイ! 待ってマス!」
そう言い、彼女はウインクを一つ残して去って行った。
残された綺羅は茫然とその背を見つめていたが、かたかたとボールが揺れる音で我に返った。
『綺羅、今はとりあえず宿を取ろう。この人の数だ。急がないと部屋が埋まっちまうかもしれないからな』
「……あ、ああ。そうだな。わかった」
コンテスト会場を出ると人ごみの中で遠慮していたらしいパートナー達は一斉に声を上げ始める。
『腹減ったー』
『同感です。ご飯にしましょうよ、綺羅さん』
『そーだ!折角優勝したんだし、お祝いしようよー!』
『俺甘いモン食べたーい』
「はいはい、ポケセン着いたらなー」
腰に提げた彼らをそっと撫で、綺羅はコンテスト会場に背を向け、歩き出した。