「随分久しぶりだな、コウキくん。元気だったか?」
「ええ。まさかこんなところで会えるなんて思ってもみませんでした」
なんて、他愛ない話をしながらテンガン山を抜ける。
もう大丈夫だと言うその言葉通り、あれから数十分歩いたが綺羅が苦しそうにする様子は無かったことにコウキは密かに安堵していた。
「そうだ、折角だし一緒にご飯でも…うわっ?!」
ごつごつした岩肌の道を抜けきり、ヨスガシティの街並みが見え始めたその時。
目の前にこじんまりとした物体が飛び込んで来て、綺羅は思わず抱き留める。
きゅうときつく服を握っているその真ん丸い身体からは長い耳が生えていて、時折ぴょこぴょこと揺れた。
「ちょ、ちょっと、そこの人ー!」
どうしたらいいかとコウキと並んで口を開けていたら、そう叫びながら駆け寄ってくる影が見える。
ふわふわの可愛らしいドレスに身を包み、ボブヘアーを桃色のカチューシャで可愛らしくまとめた女性だった。
彼女は近くまで走り寄ってくると膝に手を着き呼吸を整える。
「はぁっ…はあ……あ、貴方が居てくれてよかった…」
「えっと、大丈夫、ですか…?」
そう声をかけると彼女はがばりと頭を持ち上げた。
「大丈夫っ! それより、うちのミミロルちゃんを止めてくれてありがとう!」
「え? ああ…この子。急に飛び込んで来てびっくりしました」
女性に腕の中のミミロルを差し出す。
彼女が手を伸ばすと、ミミロルはぴょんと綺羅の腕の中を飛び出し、女性の腕に収まった。
「ありがとうね!お礼をさせて?私、ミミィ。ポケモンコンテストの審査員やってるの!後でコンテスト会場に来てね!待ってるから!」
殆ど一方的にそう言うと、彼女はまた来た道をぱたぱたと走り去っていく。
嵐のような彼女との邂逅に綺羅はコウキと目を見合わせた。
「…ポケモンコンテスト?」
「綺羅さん知らないんですか? たまにテレビでやってますよ」
「へえ。行ってみようか? まだご飯には早いし」
「そうですね。行ってみましょうか」
と、いうことで。
「うわ…でか…」
コンテスト会場を見上げ思わずそう声を漏らす。
彼女の目の前には全体的に桃色で装飾された可愛らしいドームがあった。
「ここですね。早速入ってみましょうか、綺羅さん」
「お、おうっ」
時折響いてくる歓声に気圧されながらも綺羅はコウキの後に続いてドームに足を踏み入れる。
その中はコンテスト会場と呼ぶに相応しい華やかな装飾をされていて、鮮やかなドレスに身を包んだ女性や、ぱりっとタキシードを着込んだ男性で賑わっていた。
そんな中。
「あ!さっきの!」
先程嵐のように去って行った彼女が、笑顔を浮かべて手をこまねく。
「え…母さん?!」
「あら、コウキ」
綺羅の隣でコウキが声を上げと、ミミィとなにやら話していたらしいその女性はこちらへ視線を向けるとにこりと笑った。
「なんで母さんがこんなところに…?」
「そういえばコウキとはコンテストの話したことなかったもんね」
「え…?! あなた、アヤコさんの息子さんなの?! じゃあコンテスト凄いかも?!」
きらきらと目を輝かせ、駆け寄ってくるミミィにコウキは後ずさる。
まだ頭上に疑問符が飛んでいた。
「ところでこちらの方は?」
突然話題が転換されて綺羅はびくりと肩を震わせる。
アヤコと呼ばれた女性が優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「前に話した、綺羅さんだよ、母さん」
「あらあら、貴方が。シンジ湖で息子を助けて下すったんですってね。その節はどうもお世話になりました」
「いえそんな…大したことは」
優雅にお辞儀をした彼女に倣うようにして頭を下げる。
アヤコという女性の束ねられた髪がふわりと跳ねるのが見えた。
ところで、と彼女はミミィに振り向く。
「貴方たち、知り合いなの?」
「え?…ああ!そうだった!さっき会ったんです。暴走したうちの子を止めてくれて。ということで、はい、さっきのお礼!」
手を出して、というミミィの指示通り綺羅とコウキとは手のひらを上にして差し出した。
その上に置かれたのは鮮やかな群青色のリボン。
コウキの手には紅色をした同じものが転がっていた。
「コンテストはね、ポケモンを可愛くオシャレさせて出場するの!良かったらそれ使ってあげてね!それじゃあ、あたしそろそろ行くね!アヤコさん、失礼しまーす!」
嵐のような彼女はまたもや嵐のようにそう言いコンテスト会場の奥へと消え去る。
そんな彼女の背中を見送りながらアヤコは、相変わらずね、なんて口元に手を当てて上品に微笑み、こちらに向き直った。
「そうだ、貴方たち、折角来たんだからコンテスト参加したらいいんじゃない?」
「な、なに言いだすんだよ母さん!」
「いいじゃない。それとも急ぎでどこか行く用事でもあるの?」
「それは…別にないけど…」
「じゃあ決まりね。綺羅ちゃんはどう?出られそう?」
彼女の視線に、え、ええと、なんてたじろぐ。
コンテストというものをよく知らないけれど時折聞こえてくる歓声から察するに……ジム戦とは違い、観客が居るんだろう。
それも大勢。
正直な話、大勢の前に出ていくのはあまり好きじゃない。
できれば遠慮したいところなのだけれど……どう断ろうかと考えていた、その時。
腰に提げてあるボールの一つがカタカタと揺れ、がぱりと口を開けた。
『出たい出たいっ!やってみたい!』
飛び出してきたのはメンバーの中でも好奇心旺盛な麗水。
彼は強請るように綺羅の周囲をころころと転がりアピールしている。
遅れて魅雷も飛び出してきた。
「え、ええ……」
『ねー! マスター! 出よ? ね? だめ…?』
『いいじゃん! オレ、綺羅が出てるとこ見たいー!』
ぴょんと飛び込んできた麗水を慌てて抱き留めると胸の辺りに頬を摺り寄せ、きゅるんと首を傾げた。
一方魅雷は綺羅の背中に頭を擦り付け、きゅうきゅうと喉を鳴らしている。
「あらあら。その子達はやる気満々みたいね」
言葉が通じない相手にすらそのアピールは十分届いたようで、アヤコがくすくすと笑った。
「どう? 綺羅ちゃん。貴方ならいいところまでいけると思うわよ」
「か、母さん。綺羅さん困ってるだろ」
無理しなくていいですからね、とコウキは言ってくれるが、しかし。
これだけ麗水や魅雷に懇願されてそれを無下にするというのも如何なものだろうか。
正直、大勢の前に出ていくなんて考えただけで足が竦むけれど……。
「……わかった、わかったよ。折角だしな、出ようか」
『いいの?! やったー!!』
『わーい!!!』
両手を上げて喜ぶ二匹の首元を撫でる。
「決まりね。綺羅ちゃん、初めてでしょう? 荷物も少ないし流石にドレスなんて持ってないわよね」
彼女の言葉にこくりと頷いた。
「そうよね。大丈夫。ドレスはレンタルできるから。あ、コウキには、はいこれ」
「え、なにこれ」
「タキシード。あなたも出るでしょ?」
「ええ?! ぼ、僕はいいよ…」
「いいからいいから。ほら、あっちが受付。行くわよー」
腕の中で楽しそうに喉を鳴らしている麗水の喉を撫でながら綺羅は、強引に引きずられていったコウキの後に続いた。