1、監獄署長
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世界政府顧問弁護士ベルメローザ・イヴリンは、幼い頃と同じ瞳で水平線を眺めながら頬杖をついている。事務職のため、滅多に船に乗らない彼女にとって、これは久々の海だった。
「イヴリン様。間もなく、『正義の門』に差し掛かります」
「ありがとう」
海軍の水兵から報告を受け、イヴリンは頷いた。それから書類を確認し直し、紫色の髪をかき揚げて微笑んだ。
彼女が目指す目的地は、タライ海流の経由地点の一つであるインペルダウン海底監獄だ。そこへ臨時監査として赴くことが、本日の職務なのである。
彼女はポケットからコンパクトミラーを取り出すと、自分の顔と髪を念入りに確認し始めた。普段の仕事前なら、一切行わない行程だ。この理由となる出来事は、はるか二週間前まで遡る。
二週間前、イヴリンは世界政府の職員が一同に会するパーティーに参加していた。そこにはあらゆる機関のエリートたちが集まっており、彼女にとっては新たな人材を探す絶好の機会だった。
よし、ここなら絶対に私の計画に使える人が居るはず。
イヴリンは心の中でガッツポーズを取った。この場に集まっているのは、海軍なら中将以上、インペルダウン監獄なら署長クラスなのだ。彼らは彼女の内に秘める計画にとって、必要不可欠な存在だった。
なぜなら、その計画が彼女の父ベルメローザ・ファレオを失脚させ、世界政府から追放することだからだ。五老会や天竜人からの信頼も厚い次期総帥候補の彼を、政界から確実に引きずり下ろすためには、イヴリンの力だけでは到底敵わない。つまり、ファレオよりも優れた別の野心家を探さねばならないのだ。
だが、このパーティーに参加する者が全員、野心家ばかりであることを彼女は知っていた。その野心や権力に対する飢えが、そこら中に飛び交っているからだ。
「まぁ、気長に探すとするか」
イヴリンは気の遠くなりそうな人混みに疲れ、ゆっくりと椅子に腰かけた。手で海楼石をカモフラージュしたブレスレットを触りながら、彼女はため息を漏らした。
「……相変わらず重たいな、この石」
ただ一人の親友を除いて秘密にしているが、イヴリンは能力者だった。しかも、彼女が身につけた「ミエミエの実」は、政界を渡り歩いて生き残るためには有利すぎると言っても良いくらい便利な代物だった。人に触れれば、その思考や行動を全て見通すことが出来て、集中力を研ぎ澄ませば離れた場所に居る人物の次の行動くらいは予測できる。それが彼女の能力だ。
ところがこの能力には、思わぬ弊害もある。あまりにつまらない思考や、更には意外な相手の悪口が聞こえてしまったりすることが、存外心身に負担を催すのだ。このことについてはイヴリン自身も想定外だったため、当初は戸惑った。そして現在は、使用する必要がない時は、このブレスレットを着用することで難を逃れている。
それにしても、このパーティーは退屈ね。
イヴリンは綺麗に巻いた横髪で遊びながら、給仕が差し出してきたワインを手に取った。フルーティーな香りが、心地よく鼻をくすぐる。彼女がグラスに口を付けようとしたその時だった。
「あのぉ……お隣、宜しいですか?」
顔を上げると、そこには見慣れない顔の男が立っていた。イヴリンは小首をかしげて驚くふりをしながら、瞬時に相手の頭から爪先までを鑑定した。
目付きはあまり良い方ではなく、眉毛の代わりに角のようなものが生えている。顎は円柱のように長く、唇の血色も鮮やかとは言えない。歯の白さは好感が持てるが、それよりもイヴリンの目は、腰から上と下の体型の格差が激しいことの方が気になって仕方がなかった。上半身は何があっても揺るがない程に頑丈そうだが、腹部は餓鬼のようにふっくらしている。そして、何より独特なのはその声と語尾だった。
「あっ!!自己紹介が遅れました。私、ハンニャバルと申しマッシュ!お見知りおきを!」
「ええと……」
……マッシュ?
イヴリンは思わず目が点になった。声は楽天的に聞こえるものの、存外深みがある。だが、語尾に癖がありすぎた。ハンニャバルと名乗った男はお構い無しに話を続けていく。
「人混み、苦手なんですか?」
「え?あ……ええ。まぁ、そんなところです」
「だと思いました!だって、あなたみたいな美人さんだったら、一歩前に出ただけですぐ口説かれてしまいと思いマッシュからね」
その言葉に、イヴリンはワイングラスを落としそうになった。すると、その反応を見たハンニャバルが慌てた様子でこう言った。
「あっ!思わず本音出ちゃいました!!忘れてください!」
何のフォローにもなっていない付け足しに、とうとう彼女は吹き出した。それから、声を上げて口許を押さえながら笑い始めた。
「あははは!ごめんなさい。あまりにも露骨すぎて、思わず笑ってしまったわ……」
イヴリンはひとしきり笑うと、テーブルを挟んだ席に座るように促した。ハンニャバルはすっかり緊張感の解けた表情をしながら、二つ返事で相席を快諾した。青い瞳の弁護士はグラスを机の上に置いてから、彼に尋ねた。
「あなたは、どこの方?」
「私ですか?私は、インペルダウンで勤めておりマッシュ。そこで署長を────」
〝署長〟というキーワードに、イヴリンは椅子から跳び跳ねそうになった。彼女は瞳を輝かせながら、ハンニャバルの手を握った。
「あなた、あの海底監獄の署長様なんですね!すごいわ!」
「へっ……?」
「私はベルメローザ・イヴリンです。世界政府顧問弁護士を勤めています」
ハンニャバルは美人に手を握られたことと、その人が政府高官であることの両方に驚いている。そして、我を忘れてこう言った。
「ええと……イヴリン殿。署長のハンニャバルです!宜しくお願いスマッシュ!」
そして、現在。イヴリンはインペルダウンの門前で、先日の幸運にほくそ笑んでいた。
まさか、署長に会えるなんて。あの男を引きずり下ろす日は、案外近いかもしれないわ。
上機嫌で監獄の扉をくぐった彼女を出迎えたのは、牢番長のサルデスだった。
「監査が入るという連絡は承っておりませんが」
「ええ。だって、これは臨時監査ですもの」
イヴリンは政府からの委任状を呈示すると、にこりと微笑んだ。能力を使わずとも、職員側が突然の監査に驚いていることは手に取るように分かる。
「承知しました。今、副看守長に連絡を取りますので、しばらくお待ち下さい」
そう言うと、サルデスは少し離れた場所まで移動してから電伝虫を取り出した。連絡相手は、副看守長のドミノだ。
「ドミノ副看守長、大変なことになりました」
『何事ですか』
「それが……臨時監査のために、世界政府の職員が来たようで」
『分かりました。リフトに乗って、直ぐに向かいます』
「お願いします。ああ、署長と副署長にもお伝えください」
『承知しました』
連絡を終えると、サルデスは深いため息をついた。
「……これは少々、面倒なことになりそうだな」
この彼の予感は、後に的中する。そして、インペルダウン史上最も長い一日が始まろうとしていた。
ドミノは署長と副署長への報告を済ませると、直ちにイヴリンの元へ向かった。
「失礼します。副看守長のドミノです」
「宜しく、ドミノ殿。私は世界政府顧問弁護士のベルメローザ・イヴリンです」
「それでは、監査に向かわれる前にボディチェックをお願い致します」
「分かりました。応じましょう」
イヴリンは頷くと、副看守長の後ろをついていった。部屋へ通された彼女は、言われた通りにボディチェックを済ませた。
「終了です。それではリフトでレベル4まで降りて、署長室までご案内いたします」
「ありがとう」
イヴリンは微笑むと、監査のためにリフトへ乗り込んだ。沈黙が気まずくのし掛かる中、ドミノが声に僅かな緊張感を露にしながら尋ねる。
「インペルダウンへは初めてですか?」
「ええ。でも、先日知り合った人がいるの」
誰なのだろうかと思いながらも、ドミノは前を向いたまま相づちをうった。一方、イヴリンは監獄署長と再会できることを心待にしていた。そして、リフトがレベル4で停止した。彼女は前を見据えて、唇をぎゅっと結んだ。
さて、仕事に取り掛かりますか。
青い瞳の弁護士は、署長室に向かって歩きだすドミノの後ろをついていった。まさか、意外な事実を知ることになるとは知らずに。
「失礼します、ドミノです。監査のために来られたエージェントをお通しします」
ドミノはノックをして署長室の扉を開けると、背筋を伸ばして敬礼した。イヴリンはもちろん、先日の署長を目で探した。すると、しっかり署長の席に座るハンニャバルが目に留まった。彼女は最大の笑顔を作って挨拶をした。
「先日はありがとうございました、〝ハンニャバル署長〟」
「こちらこそ、ありがとうございました……って、せ、先日の!!?えっ!!?あっ!!?」
何故か、ハンニャバルは酷く動揺している。隣で直立不動の姿勢を貫いていたドミノも、無表情を崩して口を開けている。
「あの……イヴリン様。失礼ですが、今何と?」
「え?ハンニャバル署長と……」
「〝署長〟ですか?副署長ではなく?」
その場を妙な沈黙が支配する。そして次の瞬間、イヴリンは驚きと動揺に満ちた瞳でハンニャバルの方へ顔を上げた。
「……ここで〝署長〟を目指している、まだ副署長のハンニャバルでございマッシュ……あはは……」
イヴリンの表情が固まる。ハンニャバルの顔からは、止めどなく冷や汗が吹き出ている。そして、署長席の隣に立っていた人影が動いて彼女にこう言った。
「うちの馬鹿が失礼いたしました。私が、この監獄の署長を勤めるマゼランです」
「よ、宜しくお願いします。世界政府顧問弁護士、ベルメローザ・イヴリンです」
本物の署長の言葉に会釈をした彼女だったが、視線はずっと挙動不審なハンニャバルを捉えている。副署長の視線も、泳ぎながらではあるが、確かに彼女の方を向いている。
この勘違いとほんの出来心の嘘が、二人の運命の始まりだった。もちろん、今のお互いはそんなことを想像だにしていなかったが。
「イヴリン様。間もなく、『正義の門』に差し掛かります」
「ありがとう」
海軍の水兵から報告を受け、イヴリンは頷いた。それから書類を確認し直し、紫色の髪をかき揚げて微笑んだ。
彼女が目指す目的地は、タライ海流の経由地点の一つであるインペルダウン海底監獄だ。そこへ臨時監査として赴くことが、本日の職務なのである。
彼女はポケットからコンパクトミラーを取り出すと、自分の顔と髪を念入りに確認し始めた。普段の仕事前なら、一切行わない行程だ。この理由となる出来事は、はるか二週間前まで遡る。
二週間前、イヴリンは世界政府の職員が一同に会するパーティーに参加していた。そこにはあらゆる機関のエリートたちが集まっており、彼女にとっては新たな人材を探す絶好の機会だった。
よし、ここなら絶対に私の計画に使える人が居るはず。
イヴリンは心の中でガッツポーズを取った。この場に集まっているのは、海軍なら中将以上、インペルダウン監獄なら署長クラスなのだ。彼らは彼女の内に秘める計画にとって、必要不可欠な存在だった。
なぜなら、その計画が彼女の父ベルメローザ・ファレオを失脚させ、世界政府から追放することだからだ。五老会や天竜人からの信頼も厚い次期総帥候補の彼を、政界から確実に引きずり下ろすためには、イヴリンの力だけでは到底敵わない。つまり、ファレオよりも優れた別の野心家を探さねばならないのだ。
だが、このパーティーに参加する者が全員、野心家ばかりであることを彼女は知っていた。その野心や権力に対する飢えが、そこら中に飛び交っているからだ。
「まぁ、気長に探すとするか」
イヴリンは気の遠くなりそうな人混みに疲れ、ゆっくりと椅子に腰かけた。手で海楼石をカモフラージュしたブレスレットを触りながら、彼女はため息を漏らした。
「……相変わらず重たいな、この石」
ただ一人の親友を除いて秘密にしているが、イヴリンは能力者だった。しかも、彼女が身につけた「ミエミエの実」は、政界を渡り歩いて生き残るためには有利すぎると言っても良いくらい便利な代物だった。人に触れれば、その思考や行動を全て見通すことが出来て、集中力を研ぎ澄ませば離れた場所に居る人物の次の行動くらいは予測できる。それが彼女の能力だ。
ところがこの能力には、思わぬ弊害もある。あまりにつまらない思考や、更には意外な相手の悪口が聞こえてしまったりすることが、存外心身に負担を催すのだ。このことについてはイヴリン自身も想定外だったため、当初は戸惑った。そして現在は、使用する必要がない時は、このブレスレットを着用することで難を逃れている。
それにしても、このパーティーは退屈ね。
イヴリンは綺麗に巻いた横髪で遊びながら、給仕が差し出してきたワインを手に取った。フルーティーな香りが、心地よく鼻をくすぐる。彼女がグラスに口を付けようとしたその時だった。
「あのぉ……お隣、宜しいですか?」
顔を上げると、そこには見慣れない顔の男が立っていた。イヴリンは小首をかしげて驚くふりをしながら、瞬時に相手の頭から爪先までを鑑定した。
目付きはあまり良い方ではなく、眉毛の代わりに角のようなものが生えている。顎は円柱のように長く、唇の血色も鮮やかとは言えない。歯の白さは好感が持てるが、それよりもイヴリンの目は、腰から上と下の体型の格差が激しいことの方が気になって仕方がなかった。上半身は何があっても揺るがない程に頑丈そうだが、腹部は餓鬼のようにふっくらしている。そして、何より独特なのはその声と語尾だった。
「あっ!!自己紹介が遅れました。私、ハンニャバルと申しマッシュ!お見知りおきを!」
「ええと……」
……マッシュ?
イヴリンは思わず目が点になった。声は楽天的に聞こえるものの、存外深みがある。だが、語尾に癖がありすぎた。ハンニャバルと名乗った男はお構い無しに話を続けていく。
「人混み、苦手なんですか?」
「え?あ……ええ。まぁ、そんなところです」
「だと思いました!だって、あなたみたいな美人さんだったら、一歩前に出ただけですぐ口説かれてしまいと思いマッシュからね」
その言葉に、イヴリンはワイングラスを落としそうになった。すると、その反応を見たハンニャバルが慌てた様子でこう言った。
「あっ!思わず本音出ちゃいました!!忘れてください!」
何のフォローにもなっていない付け足しに、とうとう彼女は吹き出した。それから、声を上げて口許を押さえながら笑い始めた。
「あははは!ごめんなさい。あまりにも露骨すぎて、思わず笑ってしまったわ……」
イヴリンはひとしきり笑うと、テーブルを挟んだ席に座るように促した。ハンニャバルはすっかり緊張感の解けた表情をしながら、二つ返事で相席を快諾した。青い瞳の弁護士はグラスを机の上に置いてから、彼に尋ねた。
「あなたは、どこの方?」
「私ですか?私は、インペルダウンで勤めておりマッシュ。そこで署長を────」
〝署長〟というキーワードに、イヴリンは椅子から跳び跳ねそうになった。彼女は瞳を輝かせながら、ハンニャバルの手を握った。
「あなた、あの海底監獄の署長様なんですね!すごいわ!」
「へっ……?」
「私はベルメローザ・イヴリンです。世界政府顧問弁護士を勤めています」
ハンニャバルは美人に手を握られたことと、その人が政府高官であることの両方に驚いている。そして、我を忘れてこう言った。
「ええと……イヴリン殿。署長のハンニャバルです!宜しくお願いスマッシュ!」
そして、現在。イヴリンはインペルダウンの門前で、先日の幸運にほくそ笑んでいた。
まさか、署長に会えるなんて。あの男を引きずり下ろす日は、案外近いかもしれないわ。
上機嫌で監獄の扉をくぐった彼女を出迎えたのは、牢番長のサルデスだった。
「監査が入るという連絡は承っておりませんが」
「ええ。だって、これは臨時監査ですもの」
イヴリンは政府からの委任状を呈示すると、にこりと微笑んだ。能力を使わずとも、職員側が突然の監査に驚いていることは手に取るように分かる。
「承知しました。今、副看守長に連絡を取りますので、しばらくお待ち下さい」
そう言うと、サルデスは少し離れた場所まで移動してから電伝虫を取り出した。連絡相手は、副看守長のドミノだ。
「ドミノ副看守長、大変なことになりました」
『何事ですか』
「それが……臨時監査のために、世界政府の職員が来たようで」
『分かりました。リフトに乗って、直ぐに向かいます』
「お願いします。ああ、署長と副署長にもお伝えください」
『承知しました』
連絡を終えると、サルデスは深いため息をついた。
「……これは少々、面倒なことになりそうだな」
この彼の予感は、後に的中する。そして、インペルダウン史上最も長い一日が始まろうとしていた。
ドミノは署長と副署長への報告を済ませると、直ちにイヴリンの元へ向かった。
「失礼します。副看守長のドミノです」
「宜しく、ドミノ殿。私は世界政府顧問弁護士のベルメローザ・イヴリンです」
「それでは、監査に向かわれる前にボディチェックをお願い致します」
「分かりました。応じましょう」
イヴリンは頷くと、副看守長の後ろをついていった。部屋へ通された彼女は、言われた通りにボディチェックを済ませた。
「終了です。それではリフトでレベル4まで降りて、署長室までご案内いたします」
「ありがとう」
イヴリンは微笑むと、監査のためにリフトへ乗り込んだ。沈黙が気まずくのし掛かる中、ドミノが声に僅かな緊張感を露にしながら尋ねる。
「インペルダウンへは初めてですか?」
「ええ。でも、先日知り合った人がいるの」
誰なのだろうかと思いながらも、ドミノは前を向いたまま相づちをうった。一方、イヴリンは監獄署長と再会できることを心待にしていた。そして、リフトがレベル4で停止した。彼女は前を見据えて、唇をぎゅっと結んだ。
さて、仕事に取り掛かりますか。
青い瞳の弁護士は、署長室に向かって歩きだすドミノの後ろをついていった。まさか、意外な事実を知ることになるとは知らずに。
「失礼します、ドミノです。監査のために来られたエージェントをお通しします」
ドミノはノックをして署長室の扉を開けると、背筋を伸ばして敬礼した。イヴリンはもちろん、先日の署長を目で探した。すると、しっかり署長の席に座るハンニャバルが目に留まった。彼女は最大の笑顔を作って挨拶をした。
「先日はありがとうございました、〝ハンニャバル署長〟」
「こちらこそ、ありがとうございました……って、せ、先日の!!?えっ!!?あっ!!?」
何故か、ハンニャバルは酷く動揺している。隣で直立不動の姿勢を貫いていたドミノも、無表情を崩して口を開けている。
「あの……イヴリン様。失礼ですが、今何と?」
「え?ハンニャバル署長と……」
「〝署長〟ですか?副署長ではなく?」
その場を妙な沈黙が支配する。そして次の瞬間、イヴリンは驚きと動揺に満ちた瞳でハンニャバルの方へ顔を上げた。
「……ここで〝署長〟を目指している、まだ副署長のハンニャバルでございマッシュ……あはは……」
イヴリンの表情が固まる。ハンニャバルの顔からは、止めどなく冷や汗が吹き出ている。そして、署長席の隣に立っていた人影が動いて彼女にこう言った。
「うちの馬鹿が失礼いたしました。私が、この監獄の署長を勤めるマゼランです」
「よ、宜しくお願いします。世界政府顧問弁護士、ベルメローザ・イヴリンです」
本物の署長の言葉に会釈をした彼女だったが、視線はずっと挙動不審なハンニャバルを捉えている。副署長の視線も、泳ぎながらではあるが、確かに彼女の方を向いている。
この勘違いとほんの出来心の嘘が、二人の運命の始まりだった。もちろん、今のお互いはそんなことを想像だにしていなかったが。
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