あなたを濡らす雨に傘を
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あのあと、たんまりお肉を注文してくださったアイドリッシュセブンのもとへ大道芸のごとく13枚のお皿をどうにかこうにか持って行けば、タマキくんは「俺もやる」と対抗意識燃やしてた。そこかよ。
しかし流石はダンスが得意分野のアイドル、初めて挑戦するにしては出来過ぎと言える10枚をどうにか身体に乗せていた。すごいなアイドル。足は使わないのか、と聞かれたけどさすがに食べ物の皿を足に乗せられないよね。
「お会計、六万三千六百二円になります」ろくまん。よく食べたなおまえら。なんだか重役らしき人がにこにことお金を払ってくれた。マネージャーさんらしき女の子は、ちょっと苦笑いだったけど。
「また来るよ」
「ありがとうございます。でも人気アイドルがこんな平凡な焼肉屋に来たらみんな張り込みますよ」
「はは。そのときは、ご迷惑をおかけします」
「ぜひ。今度はライブ成功お祝いに」
冗談らしく重役さんとお話をする。「そうさせてもらうよ」と笑う彼の後ろで「今度は寿司がいい」とひたすら自由人なタマキくん。つい吹き出してしまった。今度はもっとすごい芸を習得しておきますよ、と声をかければ「今度こそ俺が勝つ」と不満げな顔をされてしまった。勝負かよ。
そんなタマキくんを宥めるのは、逢坂くん…『ソウゴくん』。大学でもそうだったけど、無条件に面倒見がいい。あ、いや、だめだ、大学のことはそろそろ忘れなければ。彼はもう、わたしにとって、『ソウゴくん』だから。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」リクくんは『またね』と手を振ってくれた。ファンサービスでも、過剰すぎるとファンは勘違いするぞ。その辺りを分かっているらしいイオリくんが彼を諌めていた。どっちが年下。
その隣でナギくんは投げキッスをしそうな勢いでこちらに手を振ってくる。もはや焼肉が名残惜しい子供みたいだった。ミツキさんがそんな彼の手を引っ叩き、ヤマトさんがその背を押していた。年長組は大変だ。
そんな光景を笑顔で見送っていると、ちらり。「え、」『ソウゴくん』が、こちらを振り返る。どきり。心臓をぎゅっと握り潰されたみたいな感覚。お、落ち着けわたし、別に彼はわたしを見たわけじゃない。
慌てすぎて目をそらしそうになったから、また慌てて頭を下げる。見ないでください、また、変に期待する。逢坂くんって、呼びたくなる。だから言ってるじゃないか過剰なファンサービスはーー「…名字、さん」やめてくれ、ってば。
「……は、はい」
「…え、えっと。顔、あげてくれるかな」
「…み、みなさん、行ってしまわれましたが」
「…忘れ物したって言って、戻ってきたんだ」
「……お、お忘れ物ですか。よろしければお探しいたしますが」
「い、いや、…それは、ただの口実で」
口実。やめてくれ。その言い方じゃ、まるでわたしに会いに来てくれたみたいだ。わたしと話すために、嘘をついて、戻ってきてくれたみたい。「そ、そうなんですか?えっと、なにか、ご用事が…」聞くなって。まるでわたしも期待してるみたいじゃないか。
ゆっくり、頭を上げておそるおそるその表情を盗み見る。白い肌は、少し、赤く染まっていて。かああ。わたしまで熱くなる。なに、なんなの、お願いはやく要件を教えてください、じゃないとわたしの頭、勘違いで埋め尽くされそう。
「……借りてたあれ、返したくて」
「…えっ、いや、いいですよ。というか、安物で恥ずかしいんで、捨ててくれて…」
「ううん。…その、…返させて」
「あ…分かりました」
そうだよなあこんな重い女の私物なんか気持ち悪くて持ってたくないだろう。だからやめろ。もしかしたらまた彼に会えるかもしれないなんて考えるのをやめろ。
「これ、僕の携帯のアドレス」かさり。えっ!?と変な声をあげながらも彼が取り出した紙に反射的に手を出すと、それが手渡される瞬間に少しだけ指先が触れた。う、意識したらくすぐったいし恥ずかしいし熱い。触れた瞬間に身体がびくりと跳ねた。けど、見間違いじゃなければ、彼もーーい、や、見間違い見間違い!
う、受け取ってしまった。アドレス。「……ま、マネージャーさんのアドレスとかじゃなくて、いいんですか」本心じゃない。本心ではそんなこと言いたくない。いま嬉しすぎて息をするのもやっと。でも、もし優しい彼がその考えに至っていなかったら。「……えっと。ごめん。…ちょっとだけ、…プライベートで、話したくて。……返したいって、それも、口実」耳が熱い。そんなことを大好きな人に言われて、勘違いしないわけ、ない。
やめてください、と言えたらよかった。あなたを諦めたいのだと、言えたら。ああ、くそ、そんなこと言えるはずもないのに。わたしはまだ、呼吸困難で死んじゃいそうになるくらい、逢坂くんのことが好きなのに。
「ソウ、さっきの、知り合い?」
「え?あ…」
「仲良さげに話してたじゃん」
「っ、み、見てたんですか?」
「えっ、…壮五さんに限ってそんな」
「い、いやいや、そんな変な意味合いはなくて。ちょっと、…友達、だったから」
「え、じゃあ、最初のライブに来てたのも、そーちゃん目当て?」
「め、目当てって…でも彼女、路上ライブのとき、一織くん推しだって言ってたよ」
「…話してたっけ?」
「…聞こえたんです」
「…そうでしょうか?私が見ていた限りでは、あの人、ずっと逢坂さんを気にかけていたように思いましたが」
「さ、さあ…それは、知り合いだから」
「……そうですか」
「環のこと可愛がってなかったか?」
「可愛がられてないし」
「可愛い人でしたよね!」
「キューティガール!また会いに行きましょう」
「っえ、」
「え?」
「……なんでも、ないよ」