あなたを濡らす雨に傘を
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『イオリくん、かな』。ぐる、ぐる。ずっと回り続けているのは彼女の一言。そっか、…一織くん。
それは、自分のことを見てくれているという自惚れもないわけではなかった。知った仲ではあるわけだ、あの日のライブに来てくれた人数が認知度を物語る今、もしかすると、僕のことを、…と。
最初はこんなにすぐに見つかってしまったことに不安を覚えていたものだが、あの日のライブに来ていた彼女は、純粋に楽しんでくれていた、と思う。
だからこそ僕も、1人のファンとしてアイドリッシュセブンを見てくれている彼女を、ちゃんと、ファンとして見ていなければならないと。ただ、このグループのファンでいてくれることが、なにより嬉しかった。僕を肯定してくれているみたいで。…そのはず、なのに。
「……一織くん、か」
彼女の視線の先にいるのは、一織くん。もう、僕のことを覚えてもいないのかもしれない。それは、同じ学部だったわけだけど、それだけで。話す機会なんてそうもなかった。
…ただ、一方的に見つめていただけ。よく笑って、よく食べて。講義中にはよく寝て、たまに必死で起きて。そんな風に、周囲を明るくする彼女を、2年、ずっと。
ベッドの隣に置いたブランケットに触れれば、少しだけ笑みが零れる。見ているだけだからこそ、これを2年も返せていないのだけれど。
今はもう、返しになんて行けない。分かってる。今、彼女は『ファンの女の子』なんだ。特別に見てはいけない。特別だと感じてはいけない。…こんな風に、想っていちゃ、いけない。
いい加減諦めろ。ただ、あの日、引き込まれただけ。明るくて面白くて楽しくて、でも、それでいて、優しい彼女に魅せられただけ。一瞬のことだ。忘れられる。ぜんぶ、彼女にとっては些細なことだったのだと。忘れてしまえ。そうだ、忘れて、……忘れて、しまえたら。
「………もう、少し」
ごめん。もう少し、あと少し。彼女が傍にいる夢を見たい。ブランケットは、返せない。
せめて伝えたかったんだ。あなたは僕のことなんか覚えていない。それでも僕は、あの日、あなたに恋をしたのだと。