あなたを濡らす雨に傘を
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デモCDを買って、毎日電車で30分、ひたすらアイドリッシュセブンの曲を聴き続けている。ずっと耳元で大好きな人の声が聞けるって、それはなかなかに変態的な表現だが、幸せなものだ。
明日の帰りに新しいヘッドフォンを買いに行こう。あの、立体音源ってやつ。はあ、そしたら毎日30分、彼の声が立体音源……ん?待って、だめだ、逢坂くんの声が立体的になんて聞こえようものならそれはもはや官能ドラマCD。…ヘッドフォンは自宅用にしよう。
なんだかアイドルの追っかけを拗らせた痛いやつみたいになってるがもうそれはそれで本望だ。仕方がないことだと諦めよう。
それはそうと、わたしの推し問題は未だに解決していなかった。友達はえーと、あれ。イオリくん。どの色の人かは忘れたけど、イオリくん推しらしい。年下だってさ。彼女は相変わらず年下に弱い。
どうしよう。だから、ライブとかで名前を叫ぶってなったときに、わたしは無力化するんだって。そんなことで恥ずかしくて彼を見れなくなるくらいなら、他の人の名前を叫びながら彼を見つめていたい。しかし、わたしは逢坂くん一筋。どうでもいいかもしれないがこれは深刻な問題だ。
ううむ、これは一生解決しない問題なんじゃないか。いやもう、心を決めて『壮五くーん!』って叫ぶ…のは無理。あー、あんまり他の人の名前覚えてないし、友達が隣にいるなら一緒に『イオリくーん!』って叫べばいいかな。心が痛むけど。
いつか叫びたいなあ、『壮五くーん!』って。ファンが増えてきてこの間のライブ会場を埋め尽くすくらいになったら、ファンに紛れて叫んでみよう。いやわたしもファンだけど。ファンに紛れたファンとして。語彙力。
大学帰り、電車を降りて家まで道のりをこれまたデモCDを聞きながら歩く。ちゃーちゃっら、ちゃー。ちゃーちゃっちゃ、らー。はあ。飽きないなあ。ちゃーちゃっら、ちゃー。ちゃーちゃっら、ちゃー。……いや、飽きないと言っても、明らかに同じフレーズを2回繰り返されたら不自然さが際立、……なんでいま繰り返されたの?
ヘッドフォンの外だ。思わず耳にかけているそれを外して、全神経を耳に集中させる。聴こえる。近い、というか、すぐ右?そこにちらつくのは、白くてサラサラの髪とーー「オレたちアイドリッシュセブン、よろしくお願いします!」いつだって頭から離れてはくれない、薄紫の瞳。逢坂くん、だ。
近い。まじか。路上ライブ。この間のライブ会場よりもずっと近い。高さがない分、そう感じるのかも。目は合わない。でも、この距離が、なんだか懐かしくてあったかい。
「あっ、お姉ちゃんも、アイドリッシュセブンのファン!?」
「えっ!?あ、わ、わたし!?そうですが!?」
「ほんと!?だれ?だれがいちばんすき?」
「えっ、逢坂…いいいいいいや!!えっと、」
本人がこんなに近いのにナチュラルに告白しそうになってしまった。たとえ聞こえていなくても恥ずかしい。『そうですが』って何様。まあしかしファンと言ってしまった手前『誰の』と聞かれ答えないわけにもいかない。えっと、「イオリくん、かな」ぽん、と出てきたのは友人の推し。もういいやそういうことにしよう。
「イオリくん!?わたしね、リクくんがね」顔を綻ばせて手を広げ、幸せを表現してくれる女の子。そっかそっか、リクくん。だれだ。ソウゴくんしか知らないんだ実は。いまナチュラルに名前を呟いてしまってすごく恥ずかしいんだよ実は!
そろそろ全員の名前を覚えたいなあ。ファンって名乗るのが烏滸がましいようなファンにはなりたくないし、この子にも、アイドリッシュセブンのメンバーにも失礼だ。「リクくんね、歌がとっても上手で、いまもセンターでね!」ああ、リクくん、赤い髪の子か。
友人の好みからして、おそらく黒髪が『イオリくん』だ。あとはまだ分からない。帰ったら逢坂くんのページを開いたままのホームページを確認しよう。
あ、でも彼女はイケメン好きだしもしかして『イオリくん』って黄色の人だったりして。いや、多分黒髪さんだと思うんだけど。女の子が『リクくん』について語ってくれている間に少し辺りを見回す。名前、知ってそうな人が話したりしてないかな。すると黄色の人が近付いてくるのが見える。…え?近付いてくるのが見える?
「えっ」
「ハイ、レディ」
「わっ、ナギくんだー!」
「ワタシは寒い北の国から来ました」
「えっそうなの…いや、そう、なんですね」
「あなたたちのハートであたためてください」
「ちょっと何言ってるのか」
「だめ!わたしはね、リクくんが好きなの!」
「ナギくん」
び、くり。美形に気をとられるとは不覚。しかし彼もわたしと同様に固まってた。固まってても美形とかなにそれ不公平。いや、そうじゃなくて。「あっ、こんどは、ソウゴくんだ!」そ、そうだね、紛れもなくソウゴくんだね…!?
「…オ、OH、ソウゴ…」
「困ってるでしょう。すみません、うちのメンバーが」
「いっいえ」
「ううん!ナギくんもソウゴくんもかっこいいもん!」
「…ふふ、ありがとう」
笑った。逢坂くんが、こんなに近くで笑ってる。なんて幸せな日。ーーあ、でも。「それじゃあ、失礼します。また見に来てくださいね」わたしのこと、やっぱり知らない風だなあ。