あなたを濡らす雨に傘を
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告白すりゃよかったってのはあの場の勢いだ。今はそんな切羽詰まった状況でもない。なにが言いたいのかって?わたしはあのアイドルグループの中で逢坂くんを単推しにする勇気は持てない。
分かってる。分かってるよ。あのトリガーとかいう最近人気のアイドルグループ、あんまり知らないけどわたし多分センターの薄桃の人推しだと思う。ほら、他のグループなら、こんなに簡単に決められる。
けど、アイドリッシュセブンだけはだめだった。恥ずかしい。だって今まで同じ大学で同じように勉強して、たまーに話す友達みたいな関係だった異性を、そもそもいきなりアイドルとして見れない。
しかもそれが意中の相手なんだから尚更だ。逢坂くんを単推しってもはやそれはわたしにとって告白に近い。だって言えるか?ライブとかそれ、好きな人の名前を叫びながら、あなたが好きですって叫ぶのと同じことなんじゃないのか?
無理無理無理。恥ずかしすぎて爆死する。しかもファンは名前で呼ぶんでしょ?無理無理無理無理。『壮五くーん!がんばってー!』?無理ほんとに無理、考えるだけで既に顔が熱い。でも言いたくて口元がにやける。
とりあえずライブは予約してみた。まだデビューしてないし、おそらくほとんど人のいないライブだ、とアイドルオタクの友達は言う。そんなこと言われたら見に行きづらいじゃないか。見つかったらどうするんだ。
でも、行かないわけにもいかない。せっかく会えるんだ。距離はあるけどちゃんと会える。わたしだってことを気付いてほしくはないけど、いちお客さんとして目が合うかも。
いや気付かないだろう。あのときのブランケットも未だに返してもらってない。おそらくわたしが貸したものだって忘れてる、いやわたしの顔知らないんじゃないか。1年に2回くらいプリント渡す話はするけどほんとにそれだけだし。
よし行こう。大丈夫だ。それはそれで悲しい気もするけど全然大丈夫だ。そんな距離アタリマエだ。「とは言ったけど」いざ来てみると本当に人が少なくてわたしの方が緊張する。
「あっ来た」
「うっっそ恥ずかしすぎて手が震える」
「誰もあんたなんて見ないよ、ほら拍手」
「う、ウワーーー!!!」
「でかい拍手だな」
ちがう。手が震えてもはや盛大な拍手みたいになってるだけ。これはやばい、真っ先に視線が。「大きな拍手、ありがとうございます!早速ですが一曲目ーー」思わずすっと手を引っ込めた。そうじゃないと拍手が止まらない。
ああ、赤い子、歌うまいなあ。黒い子もバランスがいい。あー、オレンジの子ぴょんぴょんしてる、かわいいなあ。年下かな。緑の人はスタイリッシュというかスムーズというか。スムーズは違う。とりあえず自分の語彙力がないことだけは分かる。
水色の子はダンスめちゃくちゃ上手いなあ。わたしもダンスのサークル所属だけど、踊りゃ転ばなきゃいられないのに。黄色の人はひたすら美形だ。花があるし目を引く。そりゃ歌もダンスもできてるけど。
ああでも、だめだなあ。やっぱり、どれだけ目をそらしたって、そこにいる。わたしがずっと焦がれていた彼が、歌って、踊って、「………ぐっ」逢坂くんが歌って踊ってるんですけどやばい可愛すぎて呼吸困難。にやける。
呼吸困難を誤魔化すように手拍子。隣のアイドルオタクはもうノリノリ。わたしが付き添いみたいになってるぞ、わたしもちゃんと、盛り上がらねば。
7人で歌っていたって、聴こえてくるのは彼のソロ。柔らかくて優しくて、わたしの頭を溶かしてしまいそうな歌声。
目を引く。歌が上手いあの子よりも、バランスの良いあの子よりも、元気に跳ねるあの子よりも、スタイリッシュなあの人よりも、ダンスの得意なあの子よりも、美形で花のあるあの人よりも。
わたしの好きな人は、たった1人だけ。
「逢坂、くん…」
その一瞬だけ、彼と、目があったような気がした。