あなたを濡らす雨に傘を
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ライブが終わって数日。乗りかえちゃいないがソウゴくんとタマキくんかっこいいよねって友人が増えてきた。テレビを見たらしくアイドリッシュセブンのファンも周りに増えた。
ネットサイトを漁っていると、やっぱりソウゴくんとタマキくんをセットでかっこいいという声が多い。声の相性はすごくいいよね。というのは未だにあんまり賛同者がいなくてそろそろわたしの耳に疑問を持ち始めたところだが。
ちなみにあのライブの日以降、何度か逢坂くんとメールのやりとりもしているわけだが、あの日の核心には触れられないまま。わたしから?聞けるわけないだろ。
そしてだ。変化が、もうひとつ。
「あ、焼肉屋のバイト」
「ど、どうもです」
「焼肉おごって」
「わたしあなたの食生活が心配です」
「おー、名字さん」
「うおっ、え、あっ二階堂さん」
「ソウとは会ってんの?」
「え、いや逢坂くん忙しいでしょう」
「あっ!名字さん!」
「七瀬くんあなた変装もしないで女の子の名前呼んでいいんですか」
「あっやばい、一織に自覚が足りないとかって怒られる…!」
「は、離れますね」
遭遇率はそんなに高くもないものの、アイドリッシュセブンのメンバーが、街中で話しかけてくれるようになった。しかしまあ逢坂くんには会えていない。
なんで話しかけてくれるのかとかなんでわたしの名前覚えてるんだとかアイドルはやっぱり人の名前覚えなきゃやってられんのだなとか、言いたいことも聞きたいこともあるけど、まるで友達のように話してくれることが嬉しい。ファンサービスしすぎかよ。
これはあれか。次に焼肉に来たときサービスしろってか。もはやお得意様になるってか。わたしみたいなバイト民に言わなくたって店長アイドル好きだからそんなの二つ返事でOKだぞ。
最近知ったことは、アイドリッシュセブンのメンバーが住み込む寮がうちの近くだったってことである。あの日わざわざ逢坂くんに焼肉屋前に来てもらわなくてもよかったじゃんか。
そのせいだろうけど、自炊が面倒な日にコンビニに行けば、10回に1回くらいはメンバーに会う。みんなコンビニ好きすぎかよ。人のこと言えないけどもよ。あとあそこのコンビニの王様プリンが最近品切れ気味なのはもしかしてタマキくんのせいかよ。
そして今日も今日とてコンビニに向かう。明日お休みだし久しぶりにお酒でも飲もうと思った。そういえばヤマトさんはよくお酒買ってるな、好きなのかな。…ああ、逢坂くんと、お酒、飲んでみたいなあ。そしたら酔った勢いで、あの日のこと、ちゃんとーー「………名字さん?」聞け、るのに?
「………うおあおお!!?おおおお逢坂くん!!!?」
「あ…えっ、と、ライブぶり、かな」
「う、うん、ひひひ久しぶり、えっと…な、なにか買うんだよね邪魔だよねごめんね」
「あっ、名字さん…!!」
「えっななななに、」
「………えっと」
「う、うん」
「…あの日の続き、話しても、いいかな」
「へえあ!!?」
「すぐに買い物終わらせるから、待っててほしい」
「いいいいいやゆっくりでいいよ!!いつまでも待ってるよ!!?」
いつまでも待ってるってなんだよ必死かよわたしやめろ恥ずかしい。ありがとう、と笑う逢坂くんはわたしの重い発言なんか微塵も気にしてないみたいでなんだよ神様なの?
嬉しすぎて買ったばかりのお酒のつまみを思いっきり振ってしまった。お酒の袋を振らない辺りわたしの思考能力まだ残ってるんだね。
なに買いに来たんだろう。もしお酒なら一緒に飲みたいとか言ってみる。いや、ヤマトさんやミツキさんと飲むんだろうけど。わたしに望みなんかないんだろうけど。というか逢坂くんお酒飲むの?強いの?あっ妄想に悶えますありがとうございます。
「ごめん、寒かったよね」
「あっ、ううん、早かったよ…!わたしは大丈夫です」
「ありがとう、…ここだとまた誰かに会いそうだし、少し歩いてもいいかな。帰りは送るから…」
「う、うんいくらでも!!」
よかった、とこぼす彼の手のレジ袋の中には、わたしと同じお酒。あ、これ、好きなのかな。そんな話もしたいなあ。でも、いま話をそらしたら、話を戻せない気がする。
とりあえず、アイドリッシュセブンのメンバーが住むという寮とは逆方向に向かって歩く。わたし歩くのめちゃくちゃ早いんだけど、逢坂くんが気を使って歩幅を小さくしてくれるから、それに合わせて。
沈黙。普段は無駄に達者なわたしの口も、彼の前では役立たず。そのしおらしさと謙虚さを私の前でも出せないものかと友人に頬をつねられたことがあるくらいであるからして。
しっかし重い。沈黙が重すぎる。歩いてる間はまだ話さない、かな。ちょっと雑談みたいなことしても話を戻せるかな。わたしの身の回りのことなんて興味ないだろうけど、そうだ、メンバーのことなら。
「…そ、そうそう、あのね、最近なんか、アイドリッシュセブンのメンバーが挨拶してくれてね」
「…え?」
「ファンサービスしすぎじゃないかって思うけど、嬉しいねえ。四葉くん以外は名前も覚えてくれててさ」
「なっ、」
「二階堂さんは、今度一緒に飲むかーって。冗談なの分かってるけどファンなら本気にする人いるのにねえ」
「…やめて」
「七瀬くんは気軽に話しすぎて和泉弟くんにーー」
「やめて、名字さん」
「……へっ、あっ、ご、ごめん…なさい」
ーーやってしまった。いくら仲間のことでも、いや、仲間のことだからこそ、一般人にこんな風に話されたくはないだろう。ただのファンに好き勝手言われて、嫌じゃないはずがない。調子乗った。どうしよう。
顔が上げられない。頭が冷めていく。ぐるぐるぐる。吐き気がした。ただのファンだと、いま、突き放してくれ。今なら、お酒飲んで、忘れられるーー「…ごめん。ただの、嫉妬だ…」そう呟いた彼は、わたしが顔を上げれば、わたしとは逆方向を向いていて。
なにが、と震える声で問えば、ちらりと小さく視線がこちらに向けられる。暗くてよく見えないけど、ちょっとだけ、顔が赤い?「…一織くんのことが好きって聞いて、すごく落ち込んで。だから、ライブの日、僕のことを呼んでくれて、すごく、」嬉しかったんだと、その語尾は小さくなっていく。いや、えっ、待ってなんか色々言いたいことはあるがしかし。
「……誰がイオリくんを好きって?」
「えっ、名字さんが…路上ライブの日に、そう言って、」
「……路上ライブ?あっ、『ソウゴくん』って呼ぶのが恥ずかしかったから適当に友人の推しを…」
「えっ」
「あっごめん、適当なんて申し訳ない!ええと、『ソウゴくん』以外ならわたしあのあと勉強してミツキさんがかっこいいなって、」
「ま、待って、あの、………名前」
「……あっごごごごごめん!!アイドルの逢坂くんのことは大学の頃とちゃんと分けなきゃわたし痛いファンだからってその、言い訳だねごめんね!!?」
「ううん、……嬉しい」
しん。うるさく回っていたわたしの舌が止まる。嬉しいって、それ、どういう意味なの。「…名字さん」それに答えるように、彼はわたしを見つめて、そのふわふわの唇を動かして。
「…大学にいた頃からずっと、名字さんのことが好きだった。…今もまだ、諦められてないんだ」待って。好きって、ずっと好きだったって、諦められてないって、え、それ、どういう。「…迷惑じゃなかったら、僕の、恋人になってくれませんか」恋人って、迷惑ってそんなわけなくて、え?
「………も、もう一回」
「…えっ、も、もう一回?」
「あっいや、えっと!!………なんで?わたし逢坂くんが好きになってくれるようなこと、なにひとつ、」
「…ずっと見てたよ。よく笑って、よく食べて、講義中にはよく寝て、たまに全力で起きて、周りを明るくする名字さんのこと」
「それ褒めてる!!?明るさだけが取り柄の単位危ないやつじゃない!!?」
「そんなことない。…そんな君のことを、好きになったんだから」
顔が熱い。どうして、なんて頭で何度も回ってる。わたしでいいの。誰とも間違えてないの。わたしみたいなやつで、本当に。「……名字名前です」好きだって、言ってくれるの。「不束者ですが、その、何卒面倒をおかけしますが、ええと」上手く言葉を紡げず焦るわたしに、逢坂くんは、「そんな名字さんが好きだよ」って、笑った。