あなたを濡らす雨に傘を
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「ソウちゃんの意気地なしー」
びくん。陸くんと寮に戻って迎えてくれた第一声は、今の僕に一番グサリとくる言葉。力を入れすぎて首がギギギと鳴ってる気がする。「や、大和、さん?」声を振り返れば、そこにはにやにやと口元を緩めている大和さん。
何の話です、と震える声で問う。すると彼は更に笑みを深くした。う、聞かなきゃよかった。「焼肉屋のバイトちゃんだろ?その様子じゃ告白しそびれたな」図星すぎて言葉が喉の奥に詰まる。こ、これじゃあ肯定してるようなもの。い、いや、それはその、肯定、なんだけど。
どうして知っているのかとか、そんなこと聞いても意味がない。誤魔化そうにももう遅い。「……大和さんは、なんでも知ってますね」僕はもはや、ため息をつくしかなかった。
「いやソウ、案外おまえ分かりやすいよ?」
「そ、そうですか?」
「そうそう。忘れ物とか言って、会いに戻ったりさ」
「うっ、そ、それは」
「イチは気付いてるかもな。あとは微塵も気にしてないけど」
そうか、やっぱり、一織くんには気付かれてたんだ。鋭い子だからなあ。大和さんも、よく見てる。「……すみません」この思いで誰かに迷惑をかけることなんて、あってはならない。ちゃんと分かっていたはずなのに。
けれど大和さんは、僕の予想に反して目を丸くしている。「…なんで謝るんだ?」え、いや、アイドルとしての自覚が足りないって、そういうことじゃ、ないのかな。
女の子と密会なんて、と一織くんには怒られてしまいそうだ。まして、あんな場所で僕は、こ、告白をしようなんて。思い出すと顔が熱い。「イチも俺も、そういうプライベートまで口出さねえよ」呆れたようで楽しそうな声音は、なんだか怖い。
「あーでも、変装くらいして行けってイチは言うかもな」
「そ、そうです、よね…」
「で、だ。仕事の俺からは踏み込まないけど、プライベートの俺からはガンガン踏み込むぞ」
「えっ?」
「面白い子だな、えーと、名字?さん?」
「なっ、どうして、名前」
「焼肉のとき名札見ただけだよ。正解だな」
プライベートからは踏み込むって、まさか恋愛の話をするってことなのか。今まで恋という恋もせずにいたから、そういう話を誰かにするなんて初めてで。「いつから好きなんだ?」こ、こういうコミュニケーションは慣れないし、変なことまで答えてしまいそう。
2年くらい前です、と呟けば大和さんは瞬きをする。えっ、さ、早速変な解答を…?「一途だな。一回くらい告白してねえの?」一途って、そうなのかな、大学にいた頃は距離があったし、見つめてるだけだったから。
「…あれだろ?」苦笑い気味に口を開いた彼は頬杖をつく。「奥手すぎて話しかけられないんだろ」ぎくり。本当にその通りで背筋がぞくっとした。す、鋭い。たしかに、アピールなんて大胆なこと、一度もできなかったけど。
「名字さんの好きなところは?」
「えっ、そ、そんな、いきなり…えっと、あ、明るくて、はきはきしたところ…?」
「ぶっ」
「な、なんで笑うんですか?」
「いや、素直に答えるなあと思ってな。お兄さんは心配なのよ、ソウはなんでもそつなくこなすのに、恋愛音痴っぽいからさ」
「れ、恋愛音痴……」
たしかにその通りで、的確すぎる指摘に言葉が返せない。遠目から見ているだけのくせに、彼女がこっちを向いていてくれたらだとか。自分から話しかける勇気もないくせして、毎日を彼女の傍で過ごせたら、きっと幸せだろうとか。
夢ばかり見ていた。今までブランケットを返せなかったのは、そんな僕の弱さ。彼女とまだ、繋がっていると思っていたかった。でも、もう、必要ない。彼女がくれた勇気だけど、ちゃんと、僕のものにできたから。
「ちゃんと、告白します」
「へえ。自信あり?」
「…じ、自信というか」
「でもさソウ」
「はい?」
「それ、OKもらえたら、名字さんと恋人になるって分かってんの?」
「えっ、そ、それくらい、」
「キスもそれ以上も、期待されるんだぜ」
期待、される。名字さんから?「あ、」でも、それは、恋人っていう関係なら、そういうことがあってもおかしくないわけで、でも、そうか。「……期待するのは、僕の方じゃダメですよね」今度こそ、彼女に貰うばかりじゃダメだ。
けれど大和さんは口を開けて惚けていた。えっ、な、なんで。「…いや。俺が言いたかったのはそうじゃなくて、ちゃんとそれ『恋』なのかってことでさ」…え、えっと、それは、恋だと思う…けど。
「ソウのことだから、友情の『好き』を拗らせてるんじゃないかって思ってた」
「拗らせてって…」
「でもお兄さん安心。ちゃんと性欲もあるんだな?」
「せいっ!?そ、それは、そういう欲求は…その…いくら恋愛音痴でも…」
「おーおー、いいなあそういうの。青春だわ、眩しいわ」
「……僕もう成人してるんですけど」
「若い若い。これからだって」
がんばれ青年、と笑った大和さんは、それなりに恋愛を経験しているんだろう。それは、彼から見れば僕なんてまだまだ子供みたいなものだろうけど。「…大和さんはないんですか。恋愛の話、とか」ちょっとだけ悔しかったから反撃。また今度な、と笑って誤魔化されたけど。