あなたを濡らす雨に傘を
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次の日、あの忙しい逢坂くんを待たせるなんて論外だし彼の性格上5分前には待ち合わせ場所にはいるだろうしというかむしろもう早く会いたいからと、30分前には焼肉屋前に自転車を停めることに成功。舞い上がりすぎかよ。
音楽でも聴いてよう。アイドリッシュセブンの曲をひたすら流して、満を持して彼に会おう。ほんと痛いファンだ。あっ、そうだ新曲デモCD買えてないんですけど!?
ああいうことは事務所に電話をすればいいのか。いやしかしそれ、直接送ってもらうってこと?図々しすぎないか?明日アイドルオタクの友人に相談してみよう。
2回目リピートが終わった。あと、だいたい20分かな。新しく買った立体音響ヘッドフォンは、やっぱり耳を官能する勢いで彼の声をお届けしやがるから電車じゃ聴けなかった。残念。そうだよ、家じゃ友人の想像を絶するくらいリピートかけてますよ、寝てるときまでミュージックオンですよ。
「…名字、さん?」気持ち悪いことは自覚済みだけどアイドリッシュセブンの夢が見られたらいいなあとか、あわよくば逢坂くんの夢なんか見られた日には一日中寝てるだろうとか。
はあ、そんなことばっかり考えてるから逢坂くんがわたしを呼んでくれるなんて幻聴が聞こえるんだよしっかりしろわたしーーん?「うおえ!!?ごごごごごごめん!!!」大音量で音楽流しすぎて足音には気付かなかったけど、それでもわたしを呼ぶ彼の声は耳に届くんだからわたしは耳まで欲に忠実だ。
「こっこんばんは、早いね逢坂くん!……ん!?めっちゃ早いね!!?」
「こ、こんばんは、…名字さんこそ、早いね」
「あ、いや、遅くなったら迷惑だろうなって思ったら、今度は早く着き過ぎまして…いいんです?時間…というか、もしかしてここまで遠かったんじゃ」
「あ、いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「……はい」
ほらきたファン悩殺スマイル。営業用でも全然構いません。麗しすぎて言葉が出ない。そんなことするからわたしはますます『逢坂くん』に期待するんだよ逢坂くんもしかしてドS?しかしそれはそれでイイ。
早く来てくれたことにまたもやもやと考え出す。わたしと同じ気持ちだなんてそんなこと有り得ないけど、でもちょっとだけでもわたしと会うことを楽しみとして認識してくれてたのかなとか。ああもう。やめろよわたし。どう考えても純粋に『遅れちゃいけない』って思ってくれたんだろうよ。清らかな彼の気遣いを汚すな、バカヤロウ。
しばしの沈黙。なんか喋れよわたし。あ、いやあんまり喋ってたら迷惑だな、やっぱり黙れ。…いや待ってそれ何も解決してない。なんか、必要で、短く切れそうな会話。あっそうだ、用件。
「……わ、わざわざありがとう、ブランケット」
「あ、うん、こちらこそ」
「………えっと、逢坂くん?ブランケット…」
「……少し」
「えっ、はい」
「…話したいんだけど、いいかな」
「えっ?」
素が出た。は?とか言わなかっただけわたしらしくなくて有難いと思う。話したいって、えっ、なに?さ、最近の大学のこととか?あ、焼肉屋の割引の話とか。「ご、ごめん、名字さんだって、忙しいよね」わたしがフリーズしてなんの返事もしなかったからか、逢坂くんは恥ずかしそうにそう言い切った。ち、違います微塵も忙しくない大学三年生です。
全力で首を横に振る。絶対いまわたし変な顔してるわ泣きたい。「ぜっ全然大丈夫!!お、驚いた、だけ」だって、逢坂くんの口から、大学でだって聞いたことのない『話したい』が聞けるなんて思わなかったから。
わたしがそうして黙り込むと、彼は幾分かほっとしたように息をついて、良かった、と呟いた。聞こえないくらいの大きさ。計算してるのか。普通に言うよりずっとわたしの期待値を高めてるんだけど。
逢坂くんの言動にいちいち反応を返さなきゃいられない自分が憎たらしい。なんて欲望にまみれた頭をしてるんだわたしは。「…隣、座っても、いいかな」わたしが答えを返すより先に右寄りに陣取るベンチをさらに右に詰めると、それを了承と受け取ってくれたらしい逢坂くんが隣に、……うお、やめて、いいにおいする気がする。
また暫しの沈黙。ど、どうすべきだ。がんばれ名字名前、気の使える女になるんだ名字名前。なんか話せ。このすっからかんの頭でなんか絞りだせわたし!
「あの、」
「えっと」
「…あ、ど、どうぞ」
「……ご、ごめん。…昨日のこと、なんだけど」
「き、昨日ですか」
「……嬉しかった」
「えっ、な、なにが」
「…好き、だって」
まさか掘り返されると思わなくて突然彼の口から飛び出した単語にひゅっと息をのむ。う、うおお、待って待って心の準備が。思わず隣の彼を見るがその視線は俯いていた。わたしも俯く。なんか、少女漫画みたい。
沈黙。今日こればっかり。わたしが返事をするべきなんだろう、けど、でも、あ、だとかう、だとか意味のない文字しか出てこない。「……僕も、伝えたいことが、あるんだ」伝えたい、こと。この流れ。烏滸がましいよね分かってます。でも、でも、期待しても、いいですか。
「な、ん、でしょう」
「…ずるいとは思う。僕の方こそ、今更で」
「あ…いや、そんなの、全然」
「ううん。名字さんが先に伝えてくれたからって、やっと、言おうって思うような卑怯なやつなんだ」
「…先にって、そ、そういう言い方されたらわたし、変に勘違いしちゃ…」
「…『先に』だよ。同じ気持ち。…大学にいるときから、僕は、ずっと、名字さんのことーー」
「あれ、壮五さん?」
びくり。逢坂くんと二人して肩を跳ね上げる。「りっりりり陸くん!?」座ったベンチからちょっと遠くに見える赤は、逢坂くんの言う通り、『リクくん』だ。
い、いや、そうじゃないよ、ちょっちょっ、待って、いまの、なに。逢坂くんは、なに言おうとしたの。わたしの、こと?なに、これも計算なの。いま、わたし、期待しかしてないよ。
「…と、あっ、昨日の!」
「や、焼肉屋のバイト民です」
「え、あ、はい、…えっと、そういえば、壮五さんの知り合いって」
「は、はい、知り合いです。超知り合いです、あっいや嘘、えっと、そこそこ知り合いです」
「そ、そこそこ?」
「り、陸くん、どうしてここに?」
「あっ、ちょっとコンビニに。壮五さんこそ、どうし……あっ、お、オレお邪魔でした!!?」
「いいいいや大丈夫だよ!!」
「そっそうですよわたし帰りますから!!逢坂くんはわたしの忘れ物届けてくれただけで!!」
必死すぎて逆に怪しいってくらい動揺したものだけど、リクくんはそうなんですか、と笑ってくれた。なにこの子、天使かよつらすぎ。「そ、それじゃあ逢坂くん、わざわざありがとう、わたし帰るね!!」思いっきり90度に頭を下げてブランケットが入っているのであろう紙袋をいただく。「あ、うん、また、ね」そんな声は、自転車に乗ったわたしには、もう遠い。