あなたを濡らす雨に傘を
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大胆なことを、してしまった。アイドルとしては言語道断。好きだったと言われて、舞い上がったのかもしれない。……う。いま思い出しても、頭が沸く。「…好き、って」それは、もしかすると、恋愛感情。
い、いや、期待しちゃだめだ。それに、だったってことは、今はーーそう考えて落ち込んだ。そうだ、今は違う。彼女は一織くん推しだって、思い出さなくていいことまで考えてしまった。
もしも、在学中に、この想いを伝えられていたら。なにか変わっていただろうか。少なくとも、ただの同級生で、終わってはいなかった。胸がざわつく。もしかしたら、今も僕のことを、…す、好きで、いてくれたかもしれないのに。
環くんと気が合うようだった。彼女が誰かと親しくしているところを見ているのは、いつだって苦しい。それほど僕は彼女のことが好きで、まだこの想いに終止符を打てなくて。だから今日、あんなこと。
返したいってことを口実だと、なにも暴露しなくたってよかったはずだ。なのに僕はなんて恥ずかしいこと。けど、彼女が想いを打ち明けてくれたのに、僕ばかりが逃げていてはいけない。
その『好き』が、友人としてのものでも、憧れでも。僕から返す想いはひとつしかない。なにも変わらない。伝えたら、彼女はどんな顔をするだろう。驚くだろうか。今日みたいに、赤くなって、笑う、かなーー「ピロリロリン!」びくり。「え!?」あ、ああ、メールか。
邪なことを考え始めたタイミングで着信音がするのだから、思考を読まれているのかと思う。誰だろうか。はは、これが名字さんだったら、…嬉しいけど複雑だ。
知らないアドレス。件名は、『先程ぶりです』ーー「あ、えっ、まさか」慌ててスライド、パスワードを入力する。焦って2回くらい間違えた。お、落ち着こう。メールは逃げない、消えない。
ゆっくりとメールに目を通す。ああ、名字さんだ。名前はなぜか書いていないけど、文脈からして彼女以外に有り得ない。「ピロリロリン!」えっ、また?続けて届いたメールは同じアドレス。どうしたんだろ………「…っ」思わず言葉に詰まる。なんだか身体が、くすぐったい。
好きな人からの連絡というのは、こんなにも嬉しくて恥ずかしいものなのか。眺めているだけで、どうにも苦しい。好きだって気持ちが、溢れそうになるくらい。
この文章をうつ彼女は、どうだろうか。同じ気持ちだったらいいのに。緊張して、たくさん考えて、何度も確認して。僕の反応のことを考えて、こんな風に、悩んでいてくれたらいいのに。
好きだって、思っていてくれればいいのに。
「う、うおおおお」
変なメールを送ってしまった。1件目は小一時間ほど4行を失礼がないかひたすら確認したちゃんとした文章だったけど、テンパりすぎて名前を書くのを忘れた。慌てて次のメールをうつ。言い訳も添えなければ。と、添えた言い訳がまずかった。
恥ずかしい。どう思われただろうか。自意識過剰とか思われてないかな。恥ずかしい女だと認識されてないかな。もうやだ。泣きたい。涙がでちゃう。だって、女の子だもん。はあ。やめよう。
今日、返事が来るだろうか。見たいような見たくないような。いや、そりゃ、見たいけど。逢坂くんのメール、ほしいけども。
本当にいいものか。わたしはただのファン。あ、そうか、もしかすると、1人のファンとして今の意見を聞きたいとかかな。そんなの聞かなくても逢坂くんはかっこいいよ何言ってんの?「ピッピロピ!」うお!?「ふおっ!?」ななななんだメールか。ーーメール。
「おおおおおおお逢坂くん!!!?」
うるさい、と自分で突っ込んだ。近所迷惑かよやめろよ。さっき帰ってきてすぐに登録した『逢坂くん』の文字が開いていた携帯にちらっと見えたからこれは。迷惑メールの差出人が偶然同じ名前とかいう類じゃなけりゃ、そんな文字が見えるはずなくてーー
それは、紛れもなく、大好きな彼からの連絡で。
返信が早いってことは、待っていてくれたのかな。疲れてるだろうに、わたしがバイト終わる頃まで、それからわたしがメールを打っている間も、ずっと。「っ、」だから、期待するなってば。たまたま携帯を見たところだったのかもしれないし。
「ごめん、」諦めるって言ったのに。わざわざ、過去形にして告白をしたのに。まだ未練がましくあなたの優しさに縋り付いてる。メールの1文1文に、わたしはまだ、あなたと対等だと勘違いする。
分かっているんだろうか。いや、分かってるはずないんだけど。期待をさせてるなんて、思いもしないだろう。2年も話すらしなかったわたしが、自分を好いているなんて、そんなこと彼はちっとも考えないだろう。
でも、だからこそ、これはわたしを勘違いさせようなんて意地悪な言葉じゃなくて。純粋に、同級生と話がしたいって、そういうことで。
胸が熱い。緊張で汗が滲む。爆弾でも取り付けられてる気分だ。いつ爆発するかも分からないそれを持ち続けるなんて、そんなスリルいらないよ。「…それでも」それでもわたしは、この爆弾が爆発したとき、あなたがどんな顔をするのか見てみたい。
この、わたしからの返信を前提とした文章に、もう少しだけ、夢見ていたいんだ。
『夜遅くにごめんなさい。
もうお休み中でしょうか。
今日はご来店、ありがとうございました。
今後ともご贔屓に、よろしくお願いいたします。』
『すみません!さっきのメール、逢坂くんとお話できると思ったら嬉しくて緊張しすぎて名前を忘れてしまいました。名字です。』
『登録しました。ありがとう。
敬語じゃなくていいよ。大学のときみたいに話してくれると嬉しいです。
今度、いつか会えるかな。
といっても、僕も夜しか空けられないんだけど、大丈夫かな?』
『ありがとう、お言葉に甘えて…タメ口失礼します。
夜はいつも暇してるよ!
でもアイドルが簡単にファンと会ったりして大丈夫?もちろんわたしは嬉しいんだけども…!無理しないでね!
あと、さっきの、ふたつめのメール、消してくれると嬉しいです。』
『大丈夫だよ、ちゃんと変装して行くね。
あんまり遅いと、女の子は心配だよね。明日、21時くらいでも大丈夫?
待ち合わせは、今日の焼肉屋さんでもいいかな?
二つ目のメール、嬉しかったよ。
ありがとう。』
『わざわざありがとう…!
それじゃあ、明日の21時に焼肉屋さんで待ってるね。
メール、気を悪くしてないなら良かった…ごめんね、ありがとう。
おやすみなさい!』
『よろしくお願いします。
おやすみ。また明日』
「……保護、かけとこう」
「逢坂くん敬語じゃないのになんで礼儀正しく見えるの…というかメールフォルダに逢坂くんが…逢坂くんが……っ。…保護しよう」