あなたを濡らす雨に傘を
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わたしが初めて恋という恋を知ったのは、大学1年のとき。同じ学部で初講義には席が隣、これはなかなかにありきたりな恋の予感だ。
目立つ人だった。整った顔立ちはもはや既に周囲の噂の的となり、カラーコンタクトでも入れているのかと聞きたくなる薄紫の瞳を際立たせる真っ白の髪はサラサラしていて。
こんな綺麗な男の人がいるんだなあと、わたしも周囲同様、彼に見惚れていた。いやそのときはまだ『彼』という確証もないためもしかすると女の子かもしれないなんて考えのもと、憧れがあっただけなのだけれど。
ぴこん、と揺れる双葉のはねっ毛。なんだか可愛らしい。同い年。18か。いやあわたしもこれくらい目を引く容姿をしていたらこの場にいることに抵抗がなかったのかもしれないな。
すすすっと距離をとってまた少し遠くから彼を見つめる。そんな、真っ直ぐに見つめられるわけもないけど。「…あの」あ、声、低い。女の子でも通りそうだけど、多分男の人ーーん?「ちょっと、いいかな?」あっやばい見惚れてたの気付かれた!?不快!?
「あっごっごめ、」
「え?」
「あっいや」
「その、よかったら、なんだけど」
「はい!?」
「…もう少し、そっちに寄ってもいい、かな」
「えっ」
なんで。どうして。わたしがちょっと離れてるだけでそれ以外は前とも後ろとも揃っていい感じの配列なのに、ってなにそれわたしどうすべき。いや承諾一択だろモチのロン。「どっどうぞ」声上擦った。恥ずかしすぎか。
「ありがとう、ちょっと、寒くて」えっ寒い?だから暖をとりたいって?えっ?まさかわたしで?「まさか冷房が効いてるなんて思わなくて」あっ、そうかクーラーを避けたのか。勘違いめっちゃくちゃ恥ずかしい。
「あ、それならこれどうぞ」
「えっ?」
「わたし電車で来たんですけど、電車の中っていつも寒いから、防寒具はいくつかあって」
「え、でも、きみは」
「ああ、いいですよ。厚着ですし、なんなら、席変わりますし」
こんなことであなたと話ができるなんてそれは幸運以外の何者でもないですし。なんて口からぽっと出そうになったそれはごくんと飲み込む。「…ありがとう」ほいしょっ、と緊張が解れてきたわたしが大袈裟に席を譲れば彼は笑った。「えっ」どく、どく。うそ。なにこれ。
「あ、いえ、おかまいなく」あれこの日本語変じゃないか?おかまいなくってなに?お気になさらずとか無難なこと言えよ馬鹿が露呈すんだろ。言い直したい。しかし彼は特に気にする様子もなくにこにこしててもはや直視できない眩しさ。
それから2年。彼が、逢坂くんが、大学を辞めた。まあそれはそれは目立つ人だったから女子は残念がった。わたしなんかもうその比じゃないくらいには残念がった。泣いた。もう会えないのかもしれないって後悔は、涙を押し出してくる。
いっそ伝えていればよかった。あの日あなたと席を隣にしたわたしは、あのとき一番幸福な女でしたと。あの日ブランケットを貸した女は、あなたのことが好きでしたと。
言えなかった。悔しくて寂しくて、泣いた。今度カラオケにでも言って失恋ソング歌いまくろう。ひとりで?悲しすぎかよ。友達誘おう。
「…ねえ、これ」
「え?」
「…逢坂くんじゃない?」
「……えっ」
おうさかくん。今一番わたしの心を抉るワード。いやもう今年わたしの心を抉るワードトップ3入りは既に間違いない。あとは単位とテストだ。「アイドリッシュ…?」あっいやそうじゃない、えっ、どこに逢坂くん!?
アイドルオタクの友達が流していたスマホの画面を引き止める。「………は?かっこい…」はっとした。慌てて口をふさぐ。いやかっこいいけど、かっこいいって、思わず口をついてしまった。なんという色気。なんという服。えっ、なにこれなんの服?
「…コスプレ?」
「いや、アイドルだって」
「は?アイドル?」
「えーと、小鳥遊プロダクション初の、男性アイドルグループ」
「は?なんで逢坂くんが」
「メンバーみたい」
「うそ」
え?うそでしょ?アイドル?アイドルやってんの?彼が?逢坂くんアイドルしてんの?大学やめてまで?なにしてんの?「これは」もう選択肢がない。固定ルート。「追っかけになるしかない」わたしの人生初のアイドル追っかけの日々は、こうして始まった。
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