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目の前の光景を受け入れたくなくて見たくなくて
私は思わず逃げ出した。
照れたような顔をした毛利くんは
一体なんて答えたのだろう。
そう考えただけで、苦しくなった。
好きな人が、毛利くんが告白された。
しかも相手は可愛くて、優しくて、明るく元気な女の子で
自他共にお似合いに見えるような子だ。
きっと、OKの返事をするのだろう。
あぁ、どうしよう。
どうしようもないことだけど
現実を受け入れられなくて
さっきから、授業に身が入らない。
彼女できたんよぉって、笑顔で言われたら
きっと私は笑うことはできないだろう。
部活、休んでしまいたいなあと思ってしまうけど
変なところで真面目な性分が発揮され
結局私は部活に行くことにしたのだった。
「京香先輩、このメニューなんですが
セット数が少しおかしいのでは…?」
『え!?うわ、本当だ…!ごめんね、柳くん』
先程のことがあったせいか
私は今日普段しないようなミスを連発した。
スコア表は書き間違えるし
スポーツドリンクの分量も間違えるし
整理していた備品をぶちまけるし
我ながら呆れてしまうレベルだ。
恋はしても恋愛に現は抜かさずプライベートは持ち込まない
そんな風にもう少し
冷静に対応できるタイプだと思っていたので
自分のことながらショックだ。
だけど
それほどまでに、私は毛利くんが好きなんだと思う。
「よっしゃ、ほないきまっせー!」
「うわ!毛利先輩飛ばしすぎっスよー!」
今日は、高等部に中等部のメンバーが
合同練習をしに来ている。
U-17の合宿後、幸村くんからの提案で
月に2.3回行われることになったこの合同練習は
高校生にとっても、中学生の彼らにとっても
良い機会となっていた。
三強とわだかまりのなくなった今
毛利くんはこの練習をすごく楽しみにしていて
今日も全力でコートを走り回っている。
キラキラ光る汗と
弾けるような笑顔が眩しくて、つい目で追ってしまう。
マネージャーとして、彼らを支えるうちに
いつの間にか毛利くんに惹かれ始めた。
最初の頃はサボりがちだった彼に対して
あまり良い印象を持ち合わせていなかったのに
心を入れ替えた彼の努力は凄まじく
テニスへの熱意と、真摯な姿勢と
辛くても絶やさない笑顔に惹かれたのだ。
見ているだけで、良かったのに。
そう思いながら、彼を見つめる。
想いを口にしたら、ズルをしているような気がして
ずっと秘めていた。
せめて部活を引退したら…と思いつつ
実力もあって、人間性も素敵な彼は人気者で
徐々に、彼のファンも増えてきた。
ライバルがたくさんいるとは思ったものの
マネージャーというポジションが
自分は他の人より少し特別なのだと錯覚させていた。
なんて、身勝手な独りよがりだったのだろう。
“マネージャーとして想いを口にするのはズルい”
と思っていたくせに
“マネージャーだから特別”
なんて思うのは、すごく非常識で
テニスを侮辱するような考え方だ。
こんなんだから、きっと罰が当たったんだ。
そんなことをぼんやりと考えていたら
私を呼ぶ声にハッとした。
「京香先輩、毛利先輩が少し怪我をされたようで…」
怪我と聞いてギョッとしたけど
どうやら手をついた時に、少し擦りむいたようだった。
やってもうた、と笑う彼を見て少しホッとする。
私は救急セットを準備して
毛利くんの手当てができるように道具を広げた。
「このぐらいなんてことないんやけど…
京香ちゃん手当て頼めるやろか?」
『手当てしなきゃダメだよ。
傷口から化膿したら大変でしょ?座って?』
困ったように笑う毛利くんの後ろには
睨みを効かせた柳くんがいた。
和解してから、柳くんは毛利くんを気にかけてくれているようで
たまにどっちが先輩なのか、わからなくなるくらいだ。
「頼んます」
スッと差し出された手のひらに
そっと、手を添えた。
ー平常心。いつも通り。今は仕事だ。ー
そう自分に言い聞かせて
消毒液を手に取り、手際よく手当てをしていく。
最初の頃は血を見るのも苦手だったし
消毒液で痛がる部員の姿に
びくびくしていた私はもういない。
でも本当は、手に触れることだってドキドキして
緊張しているのだけど
感情を隠すことに慣れてしまっていた。
大きめの絆創膏を貼って
これで終わり、と安堵しかけたとき
毛利くんは思わぬことを口にした。
「今日な、俺、告白されたんよ」
どくん、と心臓が高鳴って、全身がひやりとした。
なんて答えよう、と頭でいくつも言葉を考え
そうなんだ、となんとも適当な言葉を口にした。
彼の顔を見ることができなくて
手当てを終えた後は、救急道具を整理しつつ
話を聞くスタンスで過ごすことにした。
「別のクラスの子やったんやけど
俺の試合見に来たことあるらしく
そん時に好きになった言われてな」
『………そっか』
「テニス頑張ってる姿褒められるんは
やっぱ嬉しいもんやな〜…って、京香ちゃん?」
『…っ、付き合う、の…?』
いつまでも顔を上げない私を覗き込むように
毛利くんは顔を向けてきた。
今笑えていないから、見ないでほしい。
「えっと、その…」
それ以上、聞く勇気がなかった。
私は救急道具を持ち上げると
これ片付けてくる、と言って
そのまま部室へと逃げ込んだのだった。
それからは、何かを察した柳くんの計らいで
部誌を書いたりデータ整理をしたり
毛利くんと顔を合わせないように仕事をした。
いや、本当に情けないんだけど。
歳下の彼らに気を使わせてどうする、とツッコミつつ
この配慮に甘えきっていた。
だけど、いつまでも甘えてはいられない。
部活が終わるまであと10分。
どうしたものか。
ここまで仕事はしたのだから
いっそのこと早退でもしてやろうかと目論んでいたら
コンコン、とドアがノックされ
毛利くんがひょこっと顔を出した。
「京香ちゃん、部誌、どない?
なんや急に今日は早めに終わることになってもうて
俺鍵閉めるん任されたんやけど」
柳くんめ、毛利くんとちゃんと話せということか
と彼の策略を察した。
更衣室と部室は別々にあるから
部室にいる私は部活が終わったことに気づけないでいた。
まだ部誌を書き終えていない私と
鍵を締めに来た毛利くん。
必然と、2人で話せる密室ができる。
もうこんなの、避けられないじゃん。
先程まで
柳くんの計らいに感謝していただけに今は裏切れた気分だ。
『ごめんね、もう少しで書き終わるから。
私鍵閉めて帰るよ』
「…いんや。待っとくわ。女の子一人残すんはアカン。
ここで、座って待っててもええでっか?」
『うん…』
カタン、と椅子を引いて座る毛利くんは
私の書く部誌を見ているようだった。
見られたら少し緊張してしまうのだけど
彼は私の書く文字を見つめているようだ。
「ホンマ、綺麗な字してはるよな」
『そうかな…?習字してたわけじゃないし癖字だよ。
柳くんとかのほうが綺麗だよ』
「確かにそーかもしれへんけど…
京香ちゃんの字は、一文字一文字丁寧で綺麗で
あったかい感じがしやるんよ。
せやから、京香ちゃんの字見ると安心する」
彼の言葉がくすぐったくて
字を褒められているのに
内面を褒められているような感じがして嬉しくなる。
「あんな、さっきの話の続き聞いてほしいんやけど」
『うん…』
ここまで、部誌を書く私を見つめる毛利くんという構図が
優しい時間に包まれていて
いつまでもこの時間が続けば良いと願っていたのだけど
一気に、それが崩れ去ろうとしている。
逃げられない、と観念した私は
そのまま彼の話を聞く覚悟を決めた。
「付き合うのかって、話やったけど…付き合わへんよ」
『………えっ?』
良かったね、おめでとう、彼女可愛いね
と、色々思い浮かべていた言葉が全部綺麗になくなった。
あまりのことで、何も言えずにいたら
毛利くんはガタッと席を立って私の方へと来て膝をつく。
座っている私と、膝をついた毛利くんの目線は
綺麗に同じ高さになった。
「告白してくれたんは嬉しかったけど断った」
『なんで?可愛くて、素敵な子だったのに』
「あ、やっぱり見られてたんやね」
あ、と口を噤むと
毛利くんはふんわりと柔らかく笑った。
『盗み見するつもりはなかったの…』
「ええんよ。せやけどその様子じゃ
そのあとの会話は聞いてへんってことやね」
『そのあと、聞きたくなくて』
「…聞きたくなかった理由、教えてくれへん?」
毛利くんはそっと
私の膝に置いていた手に自分の手を重ねた。
すっぽりと包まれた手が温かい。
聞きたくなかった理由を話してしまうと
これはもう告白しているようなものだ。
どう答えようかと考えあぐねていたら
彼はやっぱタンマ、と私を制した。
「こんなんズルやね。言わせるんはアカンわ」
『あの…』
「俺な、好きな子おるんよお。せやから告白も断ったんやが」
『好きな子…』
「京香ちゃん」
『なに?』
「せやから、京香ちゃん」
毛利くんの言いたいことがわからず
じっと、下を向いていた顔をあげて彼を見ると
毛利くんは顔を赤くして、優しい眼差しを向けている。
『え…?』
「俺の好きな子は、京香ちゃん。
ずっと好きやった。
合宿終ったら告白しやるって意気込んでたんやけど
本人前にしたらなかなか言えへんで」
毛利くんの言った言葉がすぐには信じられなくて
というか、理解できなくて
頭の中で「好きな子は京香ちゃん」って言葉だけが反芻する。
夢だったりしない?
実は一人で部誌書いてる途中に寝ちゃってて
本当は毛利くんはここにいなくて
あの告白の女の子と既に付き合ってて
全部、私の都合の良い夢ってことにならない?
ぐるぐると、不安に包まれそうになった時に
重ねられていた手に、ぎゅっと力がこもった。
夢じゃ、ない。
そう思った瞬間、目の前が明るくなって
大好きな人の笑顔がそこにはあった。
『ほ、本当に…?ドッキリとかじゃないよね…?』
「そないなことしやらんよ。
ほら、確かめてみらんせーね。
俺の心臓、むっちゃドキドキしやるのわかる?」
毛利くんは、私の手を自分の胸にそっと押し当てた。
鼓動は早鐘を打っていて
まるで自分の心臓の音と重なるような感じがした。
『……私も、好きなの。毛利くんが好きです』
「へへっ…幸せや。
大事にしやるから、俺とずっと一緒におってな」
二人だけの部室には
ゆったりとした、幸せな時間が広がっていた。
毛利くんは壊れ物を扱うかのように
優しい手つきで私の手を引いて部室を出た。
外は暗くなり一番星が見えていて
夕方の冷えた空気が火照った頬には心地良く感じた。
「大好きなテニスを、大好きな人が支えてくれるなんて
俺ホンマに贅沢もんで幸せもんやね」
『じゃあ私だって
こんなに近くで大好きな人を支えられるなんて
贅沢もので幸せものだね』
そう告げると私たちは顔を見合わせて笑った。
いつまでも、一緒に笑って過ごせますようにと
一番星に願ったのだった。
私は思わず逃げ出した。
照れたような顔をした毛利くんは
一体なんて答えたのだろう。
そう考えただけで、苦しくなった。
好きな人が、毛利くんが告白された。
しかも相手は可愛くて、優しくて、明るく元気な女の子で
自他共にお似合いに見えるような子だ。
きっと、OKの返事をするのだろう。
あぁ、どうしよう。
どうしようもないことだけど
現実を受け入れられなくて
さっきから、授業に身が入らない。
彼女できたんよぉって、笑顔で言われたら
きっと私は笑うことはできないだろう。
部活、休んでしまいたいなあと思ってしまうけど
変なところで真面目な性分が発揮され
結局私は部活に行くことにしたのだった。
「京香先輩、このメニューなんですが
セット数が少しおかしいのでは…?」
『え!?うわ、本当だ…!ごめんね、柳くん』
先程のことがあったせいか
私は今日普段しないようなミスを連発した。
スコア表は書き間違えるし
スポーツドリンクの分量も間違えるし
整理していた備品をぶちまけるし
我ながら呆れてしまうレベルだ。
恋はしても恋愛に現は抜かさずプライベートは持ち込まない
そんな風にもう少し
冷静に対応できるタイプだと思っていたので
自分のことながらショックだ。
だけど
それほどまでに、私は毛利くんが好きなんだと思う。
「よっしゃ、ほないきまっせー!」
「うわ!毛利先輩飛ばしすぎっスよー!」
今日は、高等部に中等部のメンバーが
合同練習をしに来ている。
U-17の合宿後、幸村くんからの提案で
月に2.3回行われることになったこの合同練習は
高校生にとっても、中学生の彼らにとっても
良い機会となっていた。
三強とわだかまりのなくなった今
毛利くんはこの練習をすごく楽しみにしていて
今日も全力でコートを走り回っている。
キラキラ光る汗と
弾けるような笑顔が眩しくて、つい目で追ってしまう。
マネージャーとして、彼らを支えるうちに
いつの間にか毛利くんに惹かれ始めた。
最初の頃はサボりがちだった彼に対して
あまり良い印象を持ち合わせていなかったのに
心を入れ替えた彼の努力は凄まじく
テニスへの熱意と、真摯な姿勢と
辛くても絶やさない笑顔に惹かれたのだ。
見ているだけで、良かったのに。
そう思いながら、彼を見つめる。
想いを口にしたら、ズルをしているような気がして
ずっと秘めていた。
せめて部活を引退したら…と思いつつ
実力もあって、人間性も素敵な彼は人気者で
徐々に、彼のファンも増えてきた。
ライバルがたくさんいるとは思ったものの
マネージャーというポジションが
自分は他の人より少し特別なのだと錯覚させていた。
なんて、身勝手な独りよがりだったのだろう。
“マネージャーとして想いを口にするのはズルい”
と思っていたくせに
“マネージャーだから特別”
なんて思うのは、すごく非常識で
テニスを侮辱するような考え方だ。
こんなんだから、きっと罰が当たったんだ。
そんなことをぼんやりと考えていたら
私を呼ぶ声にハッとした。
「京香先輩、毛利先輩が少し怪我をされたようで…」
怪我と聞いてギョッとしたけど
どうやら手をついた時に、少し擦りむいたようだった。
やってもうた、と笑う彼を見て少しホッとする。
私は救急セットを準備して
毛利くんの手当てができるように道具を広げた。
「このぐらいなんてことないんやけど…
京香ちゃん手当て頼めるやろか?」
『手当てしなきゃダメだよ。
傷口から化膿したら大変でしょ?座って?』
困ったように笑う毛利くんの後ろには
睨みを効かせた柳くんがいた。
和解してから、柳くんは毛利くんを気にかけてくれているようで
たまにどっちが先輩なのか、わからなくなるくらいだ。
「頼んます」
スッと差し出された手のひらに
そっと、手を添えた。
ー平常心。いつも通り。今は仕事だ。ー
そう自分に言い聞かせて
消毒液を手に取り、手際よく手当てをしていく。
最初の頃は血を見るのも苦手だったし
消毒液で痛がる部員の姿に
びくびくしていた私はもういない。
でも本当は、手に触れることだってドキドキして
緊張しているのだけど
感情を隠すことに慣れてしまっていた。
大きめの絆創膏を貼って
これで終わり、と安堵しかけたとき
毛利くんは思わぬことを口にした。
「今日な、俺、告白されたんよ」
どくん、と心臓が高鳴って、全身がひやりとした。
なんて答えよう、と頭でいくつも言葉を考え
そうなんだ、となんとも適当な言葉を口にした。
彼の顔を見ることができなくて
手当てを終えた後は、救急道具を整理しつつ
話を聞くスタンスで過ごすことにした。
「別のクラスの子やったんやけど
俺の試合見に来たことあるらしく
そん時に好きになった言われてな」
『………そっか』
「テニス頑張ってる姿褒められるんは
やっぱ嬉しいもんやな〜…って、京香ちゃん?」
『…っ、付き合う、の…?』
いつまでも顔を上げない私を覗き込むように
毛利くんは顔を向けてきた。
今笑えていないから、見ないでほしい。
「えっと、その…」
それ以上、聞く勇気がなかった。
私は救急道具を持ち上げると
これ片付けてくる、と言って
そのまま部室へと逃げ込んだのだった。
それからは、何かを察した柳くんの計らいで
部誌を書いたりデータ整理をしたり
毛利くんと顔を合わせないように仕事をした。
いや、本当に情けないんだけど。
歳下の彼らに気を使わせてどうする、とツッコミつつ
この配慮に甘えきっていた。
だけど、いつまでも甘えてはいられない。
部活が終わるまであと10分。
どうしたものか。
ここまで仕事はしたのだから
いっそのこと早退でもしてやろうかと目論んでいたら
コンコン、とドアがノックされ
毛利くんがひょこっと顔を出した。
「京香ちゃん、部誌、どない?
なんや急に今日は早めに終わることになってもうて
俺鍵閉めるん任されたんやけど」
柳くんめ、毛利くんとちゃんと話せということか
と彼の策略を察した。
更衣室と部室は別々にあるから
部室にいる私は部活が終わったことに気づけないでいた。
まだ部誌を書き終えていない私と
鍵を締めに来た毛利くん。
必然と、2人で話せる密室ができる。
もうこんなの、避けられないじゃん。
先程まで
柳くんの計らいに感謝していただけに今は裏切れた気分だ。
『ごめんね、もう少しで書き終わるから。
私鍵閉めて帰るよ』
「…いんや。待っとくわ。女の子一人残すんはアカン。
ここで、座って待っててもええでっか?」
『うん…』
カタン、と椅子を引いて座る毛利くんは
私の書く部誌を見ているようだった。
見られたら少し緊張してしまうのだけど
彼は私の書く文字を見つめているようだ。
「ホンマ、綺麗な字してはるよな」
『そうかな…?習字してたわけじゃないし癖字だよ。
柳くんとかのほうが綺麗だよ』
「確かにそーかもしれへんけど…
京香ちゃんの字は、一文字一文字丁寧で綺麗で
あったかい感じがしやるんよ。
せやから、京香ちゃんの字見ると安心する」
彼の言葉がくすぐったくて
字を褒められているのに
内面を褒められているような感じがして嬉しくなる。
「あんな、さっきの話の続き聞いてほしいんやけど」
『うん…』
ここまで、部誌を書く私を見つめる毛利くんという構図が
優しい時間に包まれていて
いつまでもこの時間が続けば良いと願っていたのだけど
一気に、それが崩れ去ろうとしている。
逃げられない、と観念した私は
そのまま彼の話を聞く覚悟を決めた。
「付き合うのかって、話やったけど…付き合わへんよ」
『………えっ?』
良かったね、おめでとう、彼女可愛いね
と、色々思い浮かべていた言葉が全部綺麗になくなった。
あまりのことで、何も言えずにいたら
毛利くんはガタッと席を立って私の方へと来て膝をつく。
座っている私と、膝をついた毛利くんの目線は
綺麗に同じ高さになった。
「告白してくれたんは嬉しかったけど断った」
『なんで?可愛くて、素敵な子だったのに』
「あ、やっぱり見られてたんやね」
あ、と口を噤むと
毛利くんはふんわりと柔らかく笑った。
『盗み見するつもりはなかったの…』
「ええんよ。せやけどその様子じゃ
そのあとの会話は聞いてへんってことやね」
『そのあと、聞きたくなくて』
「…聞きたくなかった理由、教えてくれへん?」
毛利くんはそっと
私の膝に置いていた手に自分の手を重ねた。
すっぽりと包まれた手が温かい。
聞きたくなかった理由を話してしまうと
これはもう告白しているようなものだ。
どう答えようかと考えあぐねていたら
彼はやっぱタンマ、と私を制した。
「こんなんズルやね。言わせるんはアカンわ」
『あの…』
「俺な、好きな子おるんよお。せやから告白も断ったんやが」
『好きな子…』
「京香ちゃん」
『なに?』
「せやから、京香ちゃん」
毛利くんの言いたいことがわからず
じっと、下を向いていた顔をあげて彼を見ると
毛利くんは顔を赤くして、優しい眼差しを向けている。
『え…?』
「俺の好きな子は、京香ちゃん。
ずっと好きやった。
合宿終ったら告白しやるって意気込んでたんやけど
本人前にしたらなかなか言えへんで」
毛利くんの言った言葉がすぐには信じられなくて
というか、理解できなくて
頭の中で「好きな子は京香ちゃん」って言葉だけが反芻する。
夢だったりしない?
実は一人で部誌書いてる途中に寝ちゃってて
本当は毛利くんはここにいなくて
あの告白の女の子と既に付き合ってて
全部、私の都合の良い夢ってことにならない?
ぐるぐると、不安に包まれそうになった時に
重ねられていた手に、ぎゅっと力がこもった。
夢じゃ、ない。
そう思った瞬間、目の前が明るくなって
大好きな人の笑顔がそこにはあった。
『ほ、本当に…?ドッキリとかじゃないよね…?』
「そないなことしやらんよ。
ほら、確かめてみらんせーね。
俺の心臓、むっちゃドキドキしやるのわかる?」
毛利くんは、私の手を自分の胸にそっと押し当てた。
鼓動は早鐘を打っていて
まるで自分の心臓の音と重なるような感じがした。
『……私も、好きなの。毛利くんが好きです』
「へへっ…幸せや。
大事にしやるから、俺とずっと一緒におってな」
二人だけの部室には
ゆったりとした、幸せな時間が広がっていた。
毛利くんは壊れ物を扱うかのように
優しい手つきで私の手を引いて部室を出た。
外は暗くなり一番星が見えていて
夕方の冷えた空気が火照った頬には心地良く感じた。
「大好きなテニスを、大好きな人が支えてくれるなんて
俺ホンマに贅沢もんで幸せもんやね」
『じゃあ私だって
こんなに近くで大好きな人を支えられるなんて
贅沢もので幸せものだね』
そう告げると私たちは顔を見合わせて笑った。
いつまでも、一緒に笑って過ごせますようにと
一番星に願ったのだった。