『好き』の魔法
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好きです。
そう震える声で言った彼女は
真っ赤な顔をしはってて
この子、こんな顔するんやなあって
妙に感心して魅入ってしもた。
俺の返答を待たずに言い逃げるようなかたちで
去って行った彼女の後ろ姿を見送ったあと
徐々に事の重大性と、動揺と、気恥ずかしさとが
一気に押し寄せて、練習が始まるまでの間
しばらくその場にしゃがみこんでいた。
「調子が悪いのか?」
「ごほっ…へっ?」
休憩中、月光さんに声を掛けられて
飲みかけのドリンクを吹き出しそうになる。
見透かされている通り
正直、さっきの告白が頭から離れへんくて
集中できてへんかった。
「調子が悪いというか・・・
ちょっと集中できてへんだけです。すんません」
「いや、いい。・・・何かあったのか?」
実は、と言いかけて慌てて口を噤む。
こういうんは、むやみに言うたら失礼やと思い直して
何でもないですと答えた。
月光さんは納得してなさそうやったけど
それ以上は何も聞かずにいてくれた。
彼女、桃ちゃんは
氷帝男子テニス部のマネージャー。
この合宿にマネージャー枠で参加しはった子なんやけど
物静かな優しい子で、真面目で働き者。
可愛いというか、綺麗めの上品な雰囲気で
そんな子やから高校生のメンバーからも可愛がられている。
月光さんの後輩やから
確かに割りと話す方だとは思うてたけど
なんで、俺なんやろか。
それからの数日は桃ちゃんが気になって
あの時の、彼女の顔が忘れられへんくて
目で追っては、話しかけられずにいる。
ホンマは今までみたいに話したりしたいんやけど
恐らく、いや、絶対避けられとるみたいで
話す機会がない。
それはそれでちょっとショックなんやけど…。
自室であれこれ考えてたら
散歩に行っていた月光さんが戻ってきんさった。
「月光さん。ちょっと聞きたいことあるんやけど…」
「どうかしたか」
「その……もし、月光さんが
ある人と喧嘩みたいなことしてもうて
避けられたらどないしはります?」
「随分と曖昧だな。それだけでは判断できない」
「あ、そうですよね…すんません、変なこと聞いてもうて」
そりゃそうか。
流石に聞き方が抽象的過ぎてアカンかったなあと
思っていたら
ポンッと頭に手を置かれた。
「お前のしたいようにすれば良い」
「したいように…」
「…そう言えば、散歩をしているときに
桃とすれ違ったな」
月光さんには全部お見通しやったみたいで
俺の身体は自然に動き
桃ちゃんがいたという場所に向かった。
避けられても、ちゃんと話がしたい。
「桃ちゃん!」
『えっ……あ、毛利さん……』
幸村が花の世話をしている花壇の近くに
桃ちゃんは座って
夜空を眺めてるようやった。
儚げな表現が、俺を見た瞬間に歪む。
そないな顔、見たくないやんけ。
慌てて立とうとする彼女の腕を掴み
行かんといて言うと
桃ちゃんは観念したかのように
すとん、とベンチに座った。
「隣に座らせてもらうな」
無言なのは肯定の意味だと解釈して
桃ちゃんの隣に座ったものの
なんて切り出したらええのかうまく言葉がまとまらへん。
消灯まであまり時間がないのにどないしよ。
『あ、の……』
何か言い掛けた彼女の声は消え入るように小さくて
少しだけ身を寄せると
すみません、と謝罪の言葉が聞こえてきた。
『告白……なんかして、すみません』
「えっ!?謝ることちゃうやん!」
『……気持ちを押し付けるようなことをして
困らせてしまって…』
困らせて、と言われて
俺は初めて自分が告白されて困ってへんことに気がついた。
困ってたんは
桃ちゃんと話せへんことに対してで
告白に関しては寧ろ嬉しいと思ってた。
「困ってへんよ。
あの…さ…俺のどこを好きになってくれたん?」
自分で言っておいて
なんて自意識過剰な台詞なんだと思うけど
一番、聞きたかった。
高校生メンバーの中では、俺なんて一番”普通“や。
同じ中学生達にも女子にモテそうな奴らばかりおるし
俺よりええ人なんてそこら中おる。
そう告げると
桃ちゃんは首を振った。
『いつ話しかけても、誰が話しかけても
いつも毛利さんは笑顔で接してくれる。
そんなところに惹かれました。
過去の汚点も失敗も、隠さず受け止めている姿勢も
尊敬しています…。
だから、私にとっては、毛利さんが1番なんです』
俺には握力が300kgもあるわけやないし
天賦の才も、交渉力も、ずば抜けたサーブもない。
そこまで目立ってへん俺を
そんな風に見てくれている人がいることが嬉しくて
胸が、くっと、締め付けられるような気がした。
「えへへ…そんな風に思ってくれてるなんて嬉しいわ。
うん…。ホンマに嬉しい。おおきにな」
『いえ…あの……告白、忘れてもらって構いませんから。
なかったことにして下さい。
伝えるつもりはなかったんです。
つい、ポロッと出てしまったというか…』
「…俺、今テニスのことしか考えられへんくて
恋愛とかようわからへんのやけど
あの告白、忘れたくはないんよ。
せやから、なかったことにはしたくない」
桃ちゃんは俺の顔を見て
驚いたような表情をしていたけど
すぐに真っ赤になって顔を反らしてしもた。
かわええ。
なんか、ドキドキしやる。
『じゃ、じゃあ…密かに、好きでい続けます』
「おん!あ、せやけどちゃんと話してな。
避けられるんは寂しいやんけ」
『も、毛利さんってズルいですね…』
ズルいってなんで!?と聞いてみたけど
笑って教えてくれへんかった。
彼女の笑顔と笑い声がもっと見ていたい。
夜の花壇から、甘くて優しい香りがして
ふたりの時間を包んでくれるような気がした。
この時間を誰にも邪魔されたくないと思うんは
きっと桃ちゃんのことが
特別な存在になりつつあるんかなって思った。
(あれ?よくよく考えたら
付き合われへんけど話したいし
期待させるようなこと言うて俺むっちゃクズやん
…。
好きなところ言わせるとかも
俺のこと好きなんやろ?みたいな上から目線に
なってもうてる……。
うわ、どないしよ。ズルいってそういうこと?
これ嫌われてへんかいな…あ!月光さん!
聞いてください!頼んますっ!)