夏とチョコミント
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「暑すぎひん?」
『そうだねぇ……暑い…』
蝉の声がけたたましく鳴り響く山道を抜けて
私達は麓の街へと歩いて向かう。
出発した昼前までは、まだ良かった。
相変わらず蝉の声はうるさかったけど
木々のおかげで日陰ができて
幾分涼しさがあり、気持ちよく歩けていた。
それが、抜けてしまうと驚くほど
暑くて、暑くて、たまらない。
「街に着いたら、まず自販機探そ。
水分補給せぇへんと、倒れてまうよ」
『最近の熱中症は怖いもんねぇ』
「俺は鍛えとるけど
和泉ちゃん女の子やし体力ないし」
『失礼な!これでもマネージャーですからね。
毎日走り回ってて体力あるもんね』
練習がオフの今日、日用品が無くなったので
買い物に行こうとしていたら
ちょうどスポーツショップへと向かう
寿三郎に出くわした。
そのまま二人でハイキング気分だね
なんて呑気に話して歩いていたのだけど
二人揃って7月半ばの気温をなめていた。
『あー、もう無理』
歩きながら私は、下の方で束ねていた髪を
一旦ほどいて高い位置に結び直した。
そういえば、誰かポニーテールが好みだって
聞いた気がするけど誰だったかな
なんてぼんやり考えていたら視線を感じた。
『ん?どしたの?』
寿三郎がじっと、こちらを見ていたので問えば
すぐにパッと目をそらす。
「……そういうん、あんま男の前でしたらアカン」
『そういうん、って?』
聞き返したけど
頭をペシッと軽く叩かれて、寿三郎は先に歩いて行った。
なんで今叩かれたの私。
『やっと着いた〜』
「なんや、むっちゃ長く歩いた気ぃしやるわ…」
『なんか飲も……あっ!』
見つけたのは某数字の書いてある
アイスクリームの自動販売機。
食べようよ、と声を掛けようと振り向くと
寿三郎は私と同じように
にこにこと満面の笑みを浮かべて
グッジョブ!と言わんばかりに親指を立てている。
『じゃんけんで負けたほうが奢りね!』
「何お子ちゃまみたいなこと言うてるんよ。
奢ったるから、好きなもん選びんせーね」
『え、何で』
「女の子に奢らせるとか格好悪いやんけ」
寿三郎はそう言うと自販機にお金を入れてくれた。
いきなり女の子扱いされて戸惑う。
そういえば体力ない、のくだりのときも
あえて“女の子やし”って言われてた気がするし
男の前でそんなことするな、とか
今日の寿三郎はちょっとどこかおかしい。
『あ、ありがとう』
「あっちで食べよか」
二人並んで近くの木にもたれ掛かって
アイスクリームを開ける。
この真夏の気温には流石の自動販売機も負けるようで
上の方が少し溶けかかっていた。
「お菓子とか、いつもチョコミントやね」
『ん?うん。好きだからね〜ってよく覚えてたね』
「え、あ……あぁ〜あれや
歯磨きの味しやるって言うのに物好きやなって…」
『今全チョコミン党を敵に回した!』
チョコミン党ってなんやそれ、って
大きな口を開けて笑う寿三郎を見ていたら
暑さなんて気にならないくらい楽しくなる。
寿三郎といると、いつも笑顔でいられて
何をしてても明るい気分になれて
元気をもらえるから
私は彼と一緒にいるのが好きだ。
『あ、そうだ。
本当に歯磨きの味がするか食べてみて!
美味しいから、きっと好きになるよ』
はい、あーん
と食べかけのアイスクリームを向けると
寿三郎は大きな目をパチパチさせてからため息をついた。
あれ、この人潔癖症だったっけ?
いやでも流石にアイスの食べかけは誰でも嫌か。
デリカシーが無かったなと反省しつつ
アイスを持つ手を引っ込めようとしたら
ガシッと、手首を掴まれた。
そのまま私の手を引き寄せれば良いのに
寿三郎は身体ごと私の方に寄ってきて
チョコミントのアイスクリームを一口食べた。
「お、思うてたより美味しいやんけ」
「そ、そう……それは、良かった…」
いつもは大口開けて楽しそうに笑うのに
スッと目を細めて妖艶に微笑まれる。
見慣れない表情と、力強い大きな手と
距離の近さに変に意識してしまって、声が上ずった。
離れようとしても
寿三郎は私の手首を掴んだまま離さない。
『ね、ねぇ、アイス溶けちゃうから…』
「これで、俺が男やって意識したかいな」
『え?』
「…和泉ちゃんは
もう少し警戒心っちゅーもんを持ったがええよ」
寿三郎の眼差しは真剣で、真っ直ぐ、私を見ている。
大きな身体と、力強くて逞しい腕
耳元で囁かれる低くて甘い声は
紛れもなく、男性。
嫌でも意識させられるこの状況に
どうしたら良いか判断に困っていたら
持っていたアイスがドロリと溶けて
手首に滴り落ちてきた。
『わっ!』
「ほら、さっさと食べんから溶けてしもてるやんけ」
『じゅ、寿三郎のせいでしょ!』
わはは、と笑う彼はいつもの彼。
さっきまでの雰囲気はなんだったのか。
買い物行こかや、と
さり気なく寿三郎から差し出された手を見て
頬が熱くなっているのは
夏のせいだと思うことにした。
(好きになった?)
(…………は?)
(チョコミント)
(あぁ、チョコミントかいな)
(なんだと思ったの?)
(…なんのことやろね)
(ちょっともう…今日の寿三郎意味深というか
気になることばっかり言うんだから)
(和泉ちゃんが気づかへんからやね)
(気づく?)
(俺はずっと好きやのに)
(チョコミントが?)
(もうこの子どないしよかや…)