仮初めの友人達と別れ、偽りの笑顔と共に振りたくもない手を振る。もうこの『友情ゴッコ』にも、随分と慣れたものだ。共にハートランド学園に潜入する事になった時はやや不安だったが、やり始めてみると案外出来るものだ。
望んでもいない友情。そう、その通りなのだ。これは作戦であり、九十九遊馬を倒す為の布石なのだ。それは確かに自覚している。しかし、それでも、もし自分が普通の人間だったなら、ああやって友達と他愛もない話をして、休日には一緒にショッピングに行ったりして、短い青春を謳歌したのだろうか。それに憧れもしないし、それを叶えられるでもないのに、たまにふと考えてしまう。そんな時はどうにもやるせない気持ちになり、何事にも集中出来なくなる。自分の思考がまとまらないというのは、とても気分が悪い。
「…駄目ですよ、ベクター様。こんな所九十九遊馬に見られたら…」
胴に回された腕。背中越しに伝わる鼓動。後ろから聞こえる息遣い。力強く抱き締められて、ベクター様の体温が感じられる。
「＊＊＊さんこそ、こんな所で『ベクター様』なんて呼んじゃ駄目ですよ？…バカな遊馬はもうお家だ。見られやしねえよ」
『真月零』という仮面を外した、いつものベクター様の口調と声。これを聴いていると、なんだか安らいでくる。
「お前にはただひとり、寛大で、有能で、何だって出来る、このベクター様がいればいい。お前に友達なんて、いらない。誰もお前の心に触れさせやしない。なァ、＊＊＊…」
腕が離れ、右肩が掴まれる。そのままベクター様と対面する形となり、やや乱暴に唇が重ね合わされる。
「お前もそう思うよなァ？」
暗く深いロイヤルパープルは、悲痛そうに輝いた。