小ネタ(終)12

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主人公

────胸の奥で、チクリと刺すものがある────



「ほらオベロン、虫除けだよ」
「今年もご苦労様だね」
「……あと、これ。チョコじゃないけど、今年は別のものも作ってみたんだ」
 そう言って***が取り出したのは、小さな袋だった。
「開けるよ」
そう言って、オベロンは中身を確かめる。
 至って普通の、プレーンなクッキーだ。型抜きをしただけで何かを混ぜ込んであることもない。ただ、綺麗に焼けていた。練習の成果が出ている。
(普通ならここで終わる。これが本命の贈り物だと思う)
 だが────オベロンには、***が何かを隠していることが分かっていた。妖精眼があるからではない。語調のほんのわずかな違和感、仕草、息づかい。そういったものから、オベロンには***の様子が、恥じらったものではなく、何かアクシデントがあった末のものであると理解できた。
「──失敗したものがあるだろ。それも持ってこいよ」
「えっ……してないよ、ちゃんとできてるでしょ? 確かに特に綺麗なのを選り分けて、そうじゃないのは味見用にしたけどさ……」
「嘘が下手だな」
──否、***は嘘が特段下手というわけではない。よほど親しい者でなければこのまま受け取って終わっていた。だが、誰よりも***と共にいる者だからこそ、オベロンは気付けた。
「無謀で変なことしたがりで細かいことしたがりの君がこんな普通の菓子焼いて終わりだなんてとても思えないな。──何かあるだろ、俺に見せたくないけど、作ったものが。」
オベロンに詰められた***が、諦めたような、どこか安心したような顔になって、オベロンの目を見つめる。
「…………わかった、そっちも持ってくるよ」

 そうして***が皿に乗せて持ってきたのは、袋に入ったクッキーと同じものに黒系統の色で装飾がされた、アイシングクッキーだった。線が拙く、グラデーションすら満足に作れておらず、確かに散々な出来だった。
「……前衛芸術としては成り立ちそうでしょ? だから写真に収めて、食べる方は私がやるからオベロンは────あっ!」
***が自虐している間に、オベロンの右手が皿の上のクッキーをつまみ上げる。それはアイシングが多かったのか、枠からこぼれ、ハートの模様が溶け出したようになっている。
 それをオベロンは齧り、噛み砕き、飲み下す。
「別に、食べられるけど」
「……そりゃ、材料は普通だから食べられはするけど……。だからいいって、自分で食べるから……」
「この量を? 数日かけるとしても多くないかな。甘いものばかり食べるのは体によくないよ」
「いや多くないよ一回のおやつでなくなる量だよ!?」
「文句ばかり達者だな。バレンタインは日頃の感謝を伝えるイベントでもあるんだから、誰より酷使されてる俺への労りとして渡せよ」
「それは……っ、それはまあ、う〜ん…………」
渋い顔でオベロンを見上げる***を見ながらも、オベロンは手早く残りのクッキーを入れる缶を用意する。
「じゃあもう用は終わったな。じゃあね。皿は君が返してきてね。じゃあね」
「ああっ、あ〜〜〜〜……」
遠のく意識に抗えず、***はオベロンの夢から追い出されていく。

 目が覚めると、去年と同じ、美麗な装飾が施された入れ物があった。***は蓋を開く。
「……やっぱり虚影の塵だ」
それが、***にはとてつもなく嬉しかった。
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