04
「まだありますね?ではいいですか?」
「うおお!?コインは?おいリズコインどこやったんだ?」
「コインは‥フィーロ」
壁に寄りかかってこちらを見ていた彼の胸ポケットを指して見せれば、目を丸くしたフィーロに視線が集まる。
ポケットを漁りその手にコインが握られているのを見るや、あちこちから歓声が上がった。
「すげぇ!今のどうやったんだあ?」
「バカそれが俺たちに分かったらマジックになんねぇだろペッチョ!」
「しかし器用だなぁ。カードのやつなんてゆっくりやってもらってんのに全然分かんなかったぜ」
後片付けをしながら、フィーロからコインを受けとる。
そのコインを指に挟んでくるくると指の間を移動させ最後に消して見せると、再び歓声を上げたランディたちに小さくお礼を返した。
「見事でした。私たちもつい普通に楽しんでしまいましたよ。リズには週に2日店でマジックをしてもらいます。あとはロニーの補佐と店の雑用を」
「仲良くしてやってくれ」
幹部の皆さんとは初めに挨拶を済ませてからマジックの披露ということになったのだけど、マフィアとは思えない賑やかさ(顔は皆どう見ても怖いけど)であまり緊張もなく楽しんでやることができた。
本気でやったのは久しぶりだったけど、小さい頃の感覚と、日課として続けていた基本練習のせいかわりとうまくいったと思う。
「なあなあ!これ俺にもできねぇか?」
「これは‥祖父直伝のものだから教えられないの。でも今最後にやったコインを消すやつなら」
「ヒャッホウ!これでしばらく退屈せずに済むなペッチョ!」
「そうだなぁ!フィーロ、誰が一番早くできるか勝負しようぜ!」
「えぇー、嫌ですよ俺勝っちゃいますもん」
「生意気なやつだな!」
「よし!俺はランディが勝つに5ドル賭けるぞ!」
「いいぞペッチョ!まあ俺はフィーロに賭けるんだが」
「オレも」
「その勝負ワシも参加してみるかのぉ」
盛り上がるその様子に思わず小さく笑う。何だかとても不思議だったから。
彼らは怖がられる存在のはずなのに、知ってみるとこんなにも明るくて温かくて、まるで本当の家族みたいで。
「それでどうやるんだ!?」
ずいっと数人に覗き込まれて思わずのけ反る。つ、つい‥顔が怖くて。
「皆さん、まだリズは慣れてないんですからその極悪面で迫るのはやめてあげてください」
「リズ」
ロニーに手招きされ行かない訳にもいかず謝罪を入れてから駆け寄れば、私がロニーの隣についた頃入り口が開いた。
「どちらに?」
びくっと肩を上げてしまったのは、ロニーが突然丁寧な言葉を使ったから。
「胡椒を買いにな」
「‥下の者にやらせてください」
「いいだろうたまには。お前は私に厳しいな」
「当たり前です。貴方は頭領なんですよ」
頭領‥って、一番偉い人‥?ボス!?
思わずじっと見つめてしまっていると、視線に気付いたのか目が合った。
「この娘が例の?」
「はい。リズ・オルティス、オルドの孫です」
「ほう、あのオルドのか」
この人も祖父を知っているのかと驚いている私に、頭領は一緒に出かけていた部下の人に袋を渡して私に向き直った。
「何か見せてくれるか」
突然のことで真っ白になりかけた頭を働かせてまだ何か残っていたかと考える。
同時に胸に手を添え頭を垂れてから、薔薇を一輪差し出した。
「今はこれでご勘弁を」
眉を下げれば、頭領が声を上げて笑うから思わず目を丸くする。
「なるほど面白い!まさかオルドと全く同じことをするとはな」
「え‥」
「リズ、ここでロニーの補佐として働くというのはうちの息のかかったところで働くのとは訳が違う。それは分かるな?」
いつの間にか室内は静まりかえっていて、頭領の声が静かに響いた。
「お前はファミリーとなる。戻ることは難しいぞ」
拳に力を込める。両親の顔が浮かんできつく目を閉じ、次に浮かんだジェーンの笑顔に静かに息を吸った。
「ここに置いてください。戻るつもりは‥ありません」
声が震える。言っていて怖いのだ。先の見えない、予想できない人生が。
「両親はどうする」
息を飲んだ。どうすることが正解なのか未だ決心がつかない。
死んだことにする?行方不明?そしたら両親はきっと、死ぬまで悲しみ、私を探す。そんな負担はかけたくない。そう思ってしまうのは‥我が儘なんだろうか。
「両親、には」
でも。守るためなら繋がりを持ってはいけない。両親は私のことを何も知らないままでいなければいけない。なら、ならばいっそ。
「私は‥死んだ、と」
私の震えることを我慢し力の入った声が室内に通る。
「‥覚悟は受け取った。リズ、お前は今日からファミリーの一員だ」
ポンポンと優しく肩を叩かれ、私は差し出された手を取った。歓声が上がり歓迎会だ何だと騒ぎ始めた彼らの声を聞きながら、緊張して喉が乾いてしまったと告げてその場を離れる。
足早に裏口に回ると木箱の影にしゃがみ込み、震える膝を抱えた。
もう両親に会えない。親不孝者だと、きっと両親は泣くだろう。本当は生きているのに、両親は残りの人生を子供に先立たれた悲しみを背負い生きていくのだ。ごめんなさい。親不孝者で、ごめんなさい。
「リズ」
肩を竦めて顔を上げる。壁のように立つロニーに、初めて会った時のことを思い出して頭に血が上っていくのを感じた。
「どうして‥っ」
立ち上がりロニーの胸ぐらを掴み力任せに揺する。
「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?私が何をしたのよ!どうして命を狙われて、マフィアになって、両親にまで嘘ついて‥っ、どうして私がこんな‥っ嫌よ‥ロニー‥」
勢いはなくなり、私はロニーのスーツを握り締めたまま額を胸につけた。
流れていく涙は石畳に染み込み、私は声を押さえて泣いた。
ロニーはこんな時に限って何も言わず、抱き締めるようにして頭を撫でてくれる手がとても優しくて‥私はしばらく子供みたいに泣き続けた。
決意の代償
(マイザーさん‥)
(ロニーに任せましょう。フィーロ、彼女は強く優しい。いい仲間になりますよ)
(‥そうですね)
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