04
「‥‥ロニー、貴方の隣どなたか住んでませんでしたか?」
「気のせいだ」
部屋を見回し驚いた様子のリズを眺める。リズが知ったら出ていくと言いかねないので伝えはしないが、この男、力を私欲に使いすぎではないだろうか。
「俺の力を俺がどう使おうが関係ないだろう」
「心を読まないでください」
「第一住人を一階上に移しただけだ。何も問題ない」
「本人の了承を得ていない時点で問題は大有りですよ」
窓の外を覗いていたリズがこちらに駆けてくる。
「すごくいい部屋ね。日当たりも良さそうだし。それにしても‥びっくりした。私の部屋にあった家具‥あの家にそのまま置いてあると思ってたから」
おずおずとロニーを見上げはにかむようにお礼を言ったリズにロニーが満足気に口角を上げる。
「おや‥ピアスを変えたのですか?」
「え?あ、うん。寝室にある棚にしまってあったんだけど‥見たら懐かしくなって」
さっき変えた、と微笑む彼女はどこか悲し気に見えた。
「‥あなたの瞳と同じ色ですね。とてもお似合いですよ」
リズは目を見開くとピアスに触れ、ありがとうと再び笑顔を咲かせた。
「私はそろそろ戻ります。ではロニー、くれぐれも彼女を困らせないように」
「困らせた覚えはない」
「貴方の行動ひとつ考えれば自覚できます。また明日」
帽子を被り背を向けるとツンと服が引かれ振り返る。
「マイザーさん、今のどういう‥」
ロニーは行かないのかと、リズの目が私に問いかけている。
「‥ロニー」
「リズ。そういえばまだ言っていなかったが隣は俺の家だ」
「‥‥‥‥」
唖然とロニーを見上げるリズに苦笑する。しかし彼女も文句は言えないのか、するりと服から手が離れていった。
「大丈夫、何かされたら言ってください。その度に彼の仕事を増やしておきますから」
「‥‥‥」
「あ、ありがとうマイザーさん」
何やら睨まれているようだが放置して家を出る。
ロニーに怯えている彼女にこの環境は酷だろうが‥ロニーが言い出したことだ、我慢してもらう他ない。
和やかな笑顔もロニーの前では固いものになってしまうものの、初めに比べれば良くはなっている。
とにかく、何にしても明日からロニーの仕事が増えるのは確実だろう。何を回してやろうかと考えながら、私はもう一度部屋を見上げた。
***
空気が重い。恐る恐る視線を上げて様子を伺えば目が合って慌てて背を向ける。
彼がすごく楽しそうなのは何故?っていうか部屋から出て行かないのは何故!?
「この家に食料はないぞ」
「え?あ‥うん‥?」
それは分かってる、けど。振り返って首を傾げれば、彼はくるりと向きを変えて歩き出す。
「行くぞ」
「へ?」
「買い物だ」
「私一人で買い物くらい‥」
「お前はこの辺のことを知らないだろう。教えてやるから来い」
確かに何も知らないけど‥ロニー仕事はいいのかな。
玄関に立つロニーを追いかけて部屋を出る。一歩後ろをついていきながら街を見回していると、彼が突然歩みを止めた。
「あの道は通るな」
「どうして?」
「犯されたくないだろう?」
「‥‥‥」
「路地裏は用がない限り入らないことだ。身ぐるみ剥がされるぞ。それから‥」
出てくる出てくる、注意の嵐。
「ま、待ってロニー!えっと‥あそこの道と、あのお店と、路地裏、あのお店で飲んでる人の良さそうなおじさん‥あと‥わあっ!?」
突然腕を引かれて顔からロニーに激突した。な、何!?
「スリの子供」
「は、離せよ!」
彼のもう片方の手にはまだ幼い少年が掴まれている。ロニーが離すと少年は一目散に逃げて行った。
「‥危険がいっぱいなのね」
「お前の住んでいた周辺も探せば沢山見つかる。現にお前は経験しているはずだが?」
「え‥‥もしかして‥あの妙に馴れ馴れしかった女の人‥」
「仲良くなって家に上がり込もうとしたんだろう」
「友人になった覚えがない人からパーティーに誘われたり」
「行かなくて正解だな」
「カフェで荷物を預かってほしいって頼まれたのも‥」
「預かっていたら今頃生きていなかっただろう」
「‥‥‥」
私‥結構危ない橋渡ってるじゃない‥!何で今まで気付かなかったの‥!
「お前は巻き込まれやすい変わりに運もいいらしい」
「運がよかったら先に回避できてるんじゃないの?」
「回避できているものもあるかもしれないがそれだけお前が被害に遭いやすいということだろう。自覚しておけ」
自覚しておけと言われても。困惑していれば再び歩き出したロニーに慌てて続く。
その後もいろいろと注意点を聞きながら買い物を済ませて、ロニーが家まで運んでくれた。
‥何か、やっぱりロニーっていい人なのかな‥
「リズ、俺に好き嫌いはないぞ」
「え?‥‥何の話?」
「夕飯だが」
「‥まさか食べるの?ここで?」
「当たり前だろう。‥まあいい、リズは抜けているのだったな」
‥‥もうやだ、この人。前言撤回!抜けてるってなに普通この流れで夕飯食べて行くなんて考えないわよ!ロニーの当たり前は世の中じゃ当たり前じゃないって誰か教えなかったの!?
「ふむ‥やはり面白いなリズは」
「何が‥っ!?」
手が伸びてきたので慌てて離れる。不満そうな表情のロニーから逃げるようにしてキッチンに向かい、小さくため息をついた。
「‥‥今日だけよ。買い物付き合ってくれたから、お礼」
「ふっ‥まあいい」
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