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03




「まだリズは見つからねぇのか?」


「残ってた奴らは全員顎と指の骨を砕かれてたんで話も筆談も難しい。一人だったようですが‥相手はかなりの手練れですね」


戻ると残していた仲間は全員床に伏し、捕らえていたリズの姿もなくなっていた。

男は苛立ちを隠さずにいたが彼の元にいる人間は慣れているのか気にする様子はない。機嫌が良い方が珍しいぐらいだ。


「兄貴!女の家から家具やら荷物がなくなってます」


「家の裏にあった女の出したと思われるゴミからこんなものが」


破られ隠すように捨てられていたらしいメモの一片には、時間や住所が書かれている。

走り書きで書かれたそれはまるで状況を表しているようで、焦って間違えたスペルを黒く塗り潰した様子もあった。


「これって‥列車の時間‥っすかね」


「見辛ぇな‥シカゴ‥か?男の字だな」


「そういや‥女の家の近くに公衆電話があります。女をここから連れ出してからそこでメモをして、部屋を片付け立ったという可能性も」


男は考え込む素振りを見せ、リズの視界を覆っていた布を拾い上げた。


「‥丁度シカゴで仕事があったな。一応周辺を洗ってからシカゴに向かう。向こうの情報屋と連絡つけておけ」


「はい」


男は布を唇に当てるとそのまま滑らせるように床に落とし、ポケットから血に汚れた手帳を取り出した。


「ジェーン‥お前の懺悔は確かに受け取ったよ。神様じゃなくて悪いがな‥」


クツクツと笑い声が部屋に響く。リズが全ての鍵だった。男はその夜、疼く気持ちを抑えリズの影を追いシカゴへ経った。




『神様。私はどうすればよかったでしょう。私は、大切な友人である彼女を、何も知らない彼女を利用しました。
けれど安全に隠しておける場所を私は知らなかったのです。プレゼントだと聞いて喜んでいた彼女の笑顔を見るのが辛かった。あと少し、ほんの少し‥何事も起きませんように。

彼女――リズ・オルティスに神のご加護があらんことを。  ジェーン・C・ラグマイア』



***



「フィーロ、昨日はごめんね」


翌日、マイザーさんの言っていた通りすっかり薬も抜けたのか気分も良い。

部屋を出たところでフィーロを見つけて、無事でよかったよなんて笑ってくれたフィーロに申し訳なくなった。


「お前足速いからびっくりしたよ。あっという間に見えなくなってさ」


「う‥ごめん」


「違う違う、これは褒めてんの。なあ、リズ飯食ったか?」


「ううん、まだ‥っていうか私お金もそんなに持ってないから」


「そういえばそうだったな‥あ、マイザーさん!」


廊下を曲がってきたマイザーさんがこちらに気付いて笑顔を向けてくれる。


「おはようございます。リズ、具合は?」


「もうすっかり。ごめんなさい色々お世話になってしまって‥‥私‥今一人じゃ何も出来ないのね。情けない」


家もない。お金もない。外に出れば彼らに捕まって今度こそ戻れないかもしれない。

一昨日は「マフィアには頼らない」なんて言っておいて、頼らなければ何も出来ないくせに。


「選択肢をやろう」


後ろからした声に悲鳴を上げマイザーさんの背に逃げ込む。ここは安全だと私の本能が告げている。


「‥‥何故逃げる」


「貴方が迫るからでしょう」


一昨日と同じようなやりとりにマイザーさんが肩を竦めフィーロが苦笑した。


「‥まあいい。リズ、お前は自身の意思関係なく裏の世界に足を突っ込みすぎた。それは自覚しているのだろう」


握りしめた拳に力が入る。分かってる。もう‥元の生活には戻れないことは、充分すぎるほどに。

昨日気持ちを整理させてはみたけれど、まだ全てを理解はできなくて。それでも分かることはひとつだけ。‥私は追われる身になった。私に‥戻る場所はもう、ないのだと。


「家族を‥巻き込みたくない。それに、ジェーンがどうしてあんな組織に関わってたのか知りたい」


ならばもう、答えは決まっている。


「‥どうすればいいの?」


ロニーが笑みを浮かべる。腰が引けそうになりながらも、目を逸らすことはしなかった。


「お前の特技を生かして俺の補佐として働くか‥それとも俺の女に」


「補佐として働かせてください」


「‥‥‥‥」


反射ってすごい。ロニーの視線から逃れるようにマイザーさんの背に引っ込む。


「何を残念そうな顔をしてるんですかロニー。リズ、ロニーの補佐としての仕事内容はこれから考えることになります。それまでは店の掃除や買い出しを頼めますか?」


「あ、はい、もちろん。でもそんなあっさり‥私なんかがいきなり組織に関わって大丈夫なの‥?」


いくらロニーに拾われて来た(自分で言うのも不服だけど)とは言え、組織の人たちが納得しないのでは‥


「確かにここにいるのは警戒心の強い者ばかりです。ですがだからこそ、ロニーが拾い傍に置くことが貴方を守ることになります。それとも‥貴方は我々のスパイでもするつもりで?」


慌てて首を振るとマイザーさんはクスリと笑って、分かってますよと私の頭を撫でた。

ロニーの時もそうだったけど、頭を撫でられるなんて久しぶり。ついじっと見ていると、それに気付いたマイザーさんが「すみません、つい」と手を引っこめる。


「頭領の許可は取ってあります。『拾ったのなら責任を持って面倒を見ろ』とのことですよ」


「‥本当に捨て犬みたいね、私」


「まあロニーさんが大丈夫って言うなら皆納得するだろうから心配すんなって」


‥ロニーってそんなに信頼されてるんだ。ちらりとマイザーさんの背のからロニーを見上げるとばっちり目が合った。


「部屋は俺が用意した。今日から住めるようにしてある」


「え、でも家具とかは‥」


「心配ない」


こんなところで嘘をつく必要もないし、心配ないと言うなら大丈夫なのだろう。

大きく深呼吸。私はマイザーさんの背中から出ると背筋を伸ばして、大きく変わったこれからの生活を思いながら顔を上げた。


「本当に‥色々とありがとう。これからよろしくお願いします」


三人と握手を交わしたあと、ロニーに荒く髪をかき混ぜられた。‥いい人なのか悪い人なのか‥やっぱりまだ、良く分からない。




さよなら、平穏


(でも、あの‥外に出たらあの人たちいるんじゃないの?)
(問題ない。手は打っておいたからな。奴らは今頃シカゴだ)
(え、シカゴ‥?)

((リズはまだ知らないんですよね‥家具ごとロニーの隣に引っ越しているなんて))


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