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01


沸き上がる震えを押さえ込むように膝を抱え丸くなる。呼吸音が漏れてしまわないように抱えた膝に埋め、目を閉じ耳を塞いだ。


いつもの日常。それが狂ったのはいつからだったかと今日一日を振り返ると全てがきっかけに思えた。全てがそこへと繋がる前兆だったかのように。

後悔が何にもならないと分かっているはずなのに、この銃声と怒声の飛び交う状況では考えでもしなければ精神的に乗り越えられる気がしなかった。


「奥の部屋から調べろ」


思わず顔を上げる。私が隠れているのはデスクの下。こんな所かくれんぼをしている子供だって一番にチェックする場所だ。

部屋に入って来たら終わり。その恐怖と絶望感に床へと手を付いた時だった。


「! な、に‥?」


掌に何かが貼り付いた。摘まみ上げると二センチほどに四つ折りにされたメモで、思わず首を傾げたのだけど。


「兄貴!奴らが来ます!」


「っ‥」


部屋の前で張り上げられた声に驚いて上げそうになった声に慌てて口を塞いだ。


「この人数では敵わないだろう。俺は退かせてもらう」


「テメェ勝手な行動を‥チッ‥オレらも退くぞ!」


耳を済ませていると、気付かれなかったようで遠ざかっていく足音に深く安堵の息をつく。

そのまま寄りかかってバクバクと鳴る心臓へ手をやりながら、何故こんなことになってしまったのだろうと改めて思った。


「もう出ても大丈夫よね‥?」


二年働いた仕事場が潰れてしまい数ヶ月前に始めたレストランでの仕事。勤務を終え帰ろうとしたら店長にあと二時間残ってほしいと言われていつもより長く働いた。

荷物を取りにロッカーへ向かったところでレストランの方から銃声が聞こえ、訳が分からないうちに裏口からもドアを蹴破ろうとする音がして。私は一番近くの店長が普段使っている事務室に逃げ込み咄嗟にデスクの下へと隠れたのだ。


皆は無事なのだろうか?この国に住んでいて今まで銃声を聞いたことがなかったわけではないけれど、こんな渦中にいるのは初めてで‥


とにかく早くここから出なければと腰を上げると同時に。


「逃げ足だけは速いな。‥まあいい。お前たちは隣の部屋を調べて来い」


「はっ」


慌てて再び腰を降ろす。声が近付いて来たかと思えば扉の開く音がして数人の足音が部屋へと踏み入ってきた。


早く、早く出て行って‥!そう願い息を潜めていたにも関わらず、少しの間のあと一直線に足音が近付き目の前で足が止まった。


「‥忘れ物か?」


「ひっ‥」


大きな体が光を遮断するように覗き込んで来る。


「お前はあいつらの仲間か?」


「――――」


まるで何かで押さえつけられているかのように重い空気が身体に纏わりついた。目の奥がぐるぐると回り、立っていたなら確実に目眩を起こして倒れていただろう。

ヒュッと抜けた息がやけに耳につき、恐怖感だけが今の私を支配している。


「‥震えているな」


圧倒的な威圧感。鋭く感情の読めない瞳。こんな人‥今まで会ったことがない。


「ロニーさん、どうします?」


部屋の中心から聞こえた声に肩を上げる。他に人がいるのだと思った途端金縛りのような感覚が溶け、私はこれ以上下がれないくらいまで後退り側面に張り付いた。

彼は顎に手を当てたまましばらく私を眺めていたけれど、何も言わずに突然私の腕を掴んだ。


「ひえっ、な、なに‥」


「‥‥なるほどな」


「‥‥?」


恐る恐る腕を引いてみても離されることはない。

それでも彼の目を見る勇気はなく視線を巡らせていれば、無理矢理立たされまるで抱き締められるかのように服の中に手を突っ込まれた。


「きゃあっ!?なっ、何してるの!?やっ、ちょっと、どこ触って‥」


脇腹をするりと撫でられて息を詰まらせる。思わず彼のコートを握りしめると彼の腕が抜け、その指にはあの小さく四つ折りにされたメモが挟まれていた。

そういえば口を塞いだ時に手を離して‥服に引っ掛かっていたらしい。


「大事な落とし物だ。帰るぞ」


「はっ」


「ひゃあ!?やっ、どうして私まで‥」


彼は腕を離すどころか一瞬のうちに私を肩に抱え上げ、クツリと笑った。


「言っただろう、落とし物だと」


「‥‥‥はい?」


「まあいい、説明は後だ」


後も何も‥‥私に拒否権はないの‥?

抵抗を試みたものの腰が抜けて力の入らない状態では全く無意味だった。


そのままレストランを通り車に押し込まれたのだけど、その時見えた惨状に‥私はもう抵抗する気にもなれなかった。



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