短編
名前の設定
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これはまだ、ユウが家に来て間もない日のこと。
「ユウ」
名前を呼ぶとぴくりと反応して私を見る彼女は。
「もうすぐ朝食ができますから、席に座っててください」
小さく頷くと席を通り過ぎて、キッチンに立つ私の横に来てじっとしている。
もしかして、と思って出来上がったトーストのお皿を差し出すと、彼女はぱっと表情を明るくしてそれを受け取った。
‥手伝ってくれるのか。
ぱたぱたとテーブルに向かう彼女を視線で追って思う。
ユウはまだほとんど口をきかない。
その上表情も乏しく、自分以外の存在に怯えていた。
今はまだ近づきすぎるのは良くないだろう‥そう思案していると、戻って来た彼女が服の裾を踏んで転んだ。
「! 大丈夫ですか?」
しゃがんで手を差し出すと、ユウの視線が私と手を行き来する。
怖ず怖ずと乗せられたそれを握り替えして引き起こすと、彼女はありがとうございますと呟き頬を染めた。
そして手を離したときに感じた、名残惜しそうな瞳に。
「気をつけてくださいね」
そっと頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。
‥‥ああ、違う
離れすぎてもいけないのか
‥彼女はただ、人の温もりに慣れていないだけだ
近づきすぎても離れすぎてもいけない。
本当に、会ったばかりの彼女はまるで野良猫のようだった。
「ラックさん、いってらっしゃい」
玄関先でその言葉を聞いて頭を撫でる。
もはや日課となったそのやりとりは、初めて言った彼女があまりに寂しそうで‥
頭を撫でながらつい『なるべく早く帰りますから』と告げると、嬉しそうだったから。
帰りは遅くなるから寝ているように言っても、彼女は私が帰るまで必ずソファーで頭を揺らして待っていたから。
私自身、それが無性に心地良くて。
いつしかそれが私にとっての日常になっていた。
彼女がいなかった年月など感じない程に、私の中に入り込んできた存在。
「ラックさん、これフィーロさんが英語のお勉強用にってくれたんです」
「フィーロが?ああ、確かにイラスト付きなら分かり易いですね」
「うん。なんかね、私にぴったりだってフィーロさん言ってました」
つかず離れず、時には様子を見ながら向こうの行動を待って、そっと頭を撫でてみる。
私が無意識にやってきたそれは、ユウが貰った“小動物の飼い方”という本の内容と良く似ていた。
きみ攻略マニュアル
(ラックさんどうして笑ってるの?)
(すみません、思い出してしまって)
(‥‥?)
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