1932 防御力ゼロ
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「ったくよぉ、無駄な抵抗しやがって。お、兄貴もう帰んのか?」
「‥‥‥」
「僕も帰るよ。ベル兄は?カリア義姉さん待ってるんじゃない?」
今回の仕事は思いの外時間がかかり、昨夜は家に帰れないまま再び夜を迎えてしまった。
「あ?ああ‥まあな」
「‥また喧嘩?」
「‥‥‥‥」
「う、うるせぇ!」
キー兄と顔を見合せてから、飲んで帰るというベル兄を残して事務所を出た。
まだ夜を迎えたばかりで辺りには夕食の匂いが漂い、帰路を急ぐ人々とすれ違う。
帰ってきた家を見上げると、室内から明かりが漏れているのが確認できた。
「ただいま。‥‥?ユウ?」
昨日の夜に明日には帰れると連絡を入れておいた。いつもなら音を聞き付けて出迎えに来るのだが‥
部屋に入った途端鼻をついた焦げ臭さに眉を寄せ足を踏み入れれば、リビングに彼女の姿はなく。
「一体どこに‥」
ネクタイを緩めながら漂う焦げ臭さにキッチンへと視線をやれば、黒い髪を床に散らし肢体を横たえたユウを見つけた。
「っ――ユウ!!」
背に腕を差し込み抱き起こす。だらりと落ちた腕に久しく感じたことのない早さで心臓が鳴った。
その目蓋は固く閉じられたまま、頬は紅潮し薄く開いた唇からは浅く荒い呼吸がもれる。
「熱い‥」
自身の手の冷たさとユウの熱さで正確な熱を感じることができない。
舌打ちをしながら彼女をベッドに運び医者を呼んだ。
「流行りの風邪をもらったのでしょう。注射を打っておきましたから一時的に熱は下がりますが、あと二日は安静に」
今回の風邪は熱が長引くのが特徴で、このように熱が上がる前にも微熱があったはずだと医者は言っていた。
そうなれば私が家を出た昨日の朝、既に症状は出ていたはずだ。
「‥何故言わないんですか」
注射のおかげか落ち着いた様子で眠っている彼女に問いかける。
気づかなかった私も同罪かと、彼女の頬を撫でながら小さく息をついた。
額に乗せたタオルを水に浸し額に戻してから、一度寝室を出る。
コンロに乗った鍋の中身は水分を失い焦げてしまっている。これが匂いの原因であり、途中で火が消えたのは幸いだった。
このコンロはたまに消えてしまうのだ。直さなくてはと思っていたのだが、まさかここでいい方に転ぶとは。
鍋を水に浸けながら、深く息を吐く。
目覚めて早々叱ることはしたくないが、ひとつでも状況が違えばどんな結末が待っていたか想像したくもない。‥それだけ危険だった。
もし火がついたままだったら。もし倒れる際に包丁が落ちてきていたら。キッチンは危険なものがたくさんあるところだ。
薬の効果で明日の朝までは目を覚まさないだろう。
私は寝室で様子を見ながら、持ち帰った書類に視線を落とした。
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