1932 絶対的未来予想
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住宅街を左に折れ、レンガでできた階段をおりた所に小さな店がある。
階段の下に作られたと言っても過言ではないその小さな店は、ドアにひっそりと[OPEN]の文字を下げた“知る者しか知らない”店だ。
ドアを開けると耳障りのいい鈴が来店を告げ、いらっしゃいませと柔らかな声がかかる。
店内はカウンターと三人掛けのテーブルが二つ。今日の客はカウンターに掛けている老婦人、テーブル席で本を読み耽っている青年、そして店主と会話に華を咲かせていたらしい黒髪の子供――チェス。
何だ、来てたのか。そう声をかけるとほぼ同時に顔を真っ青にして横を通り抜けて店を出て行った。
「こんにちは、どうしますか?」
「コーヒーと何か軽く腹に入れたい」
「かしこまりました」
カウンターに腰を掛けながら、相変わらずゆっくり時間の過ぎる店だと思う。
以前あのうるさいカップルが『イチゲンサンオコトワリ』とか言っていて、良く分からないが本人はそういうつもりはないらしい。
ただ宣伝もしないし、気付いた人が入って気に入ってくれればいい、と。こんな場所にあるから新規の客と言えば本当にふらっと入った奴か連れて来られた奴ぐらいだ。
それでも開店して5年経っても潰れないあたり、このコーヒーの美味さと店の雰囲気に魅了された常連がいるのだろう。それともう一つ、店主の人柄か。
「今日ラックは来ないのか?ユウ」
黒髪を揺らし振り返ったユウは笑顔を浮かべて時計を見やる。
「そろそろ来るよ」
「相変わらずベタベタしてんのな」
「人のこと言えないじゃないですか」
「言うようになったな」
出されたコーヒーを口に含むと薫りが広がる。相変わらずうまい。サンドイッチを頬張っていれば来店を告げる鈴にドアへと視線をやり、手を上げた。
「よう」
「‥今日こそお代払ってくれるんでしょうね」
「ツケておいてくれ」
「金はあるんですから払ってくださいよ‥ユウ、彼と同じものを」
「はい」
隣に掛けながらクスクスと肩を揺らすユウの頬にキスをするラックに肩を竦める。
「お前変わったよな」
「そうですか?」
「挨拶とは言え、人前でキスなんて昔なら考えられなかったろ」
「まあ‥そうですね」
「ユウもやっと慣れたみたいだしな」
「な、なんとか‥」
そんな会話を繰り広げていれば、奥に座った老婦人が会計をとユウに声をかけた。
「ユウちゃんの大切な人かしら?」
「はい、夫です」
「あらあら、そうだったの」
ラックも混ざり二言三言交わすと最後にまた来ると告げて老婦人が店を去る。
ユウは青年にコーヒーのおかわりを注いでから、戻って来てカウンター越しに腰をおろした。
「新メニューに野菜のキッシュ入れようと思うんだけど、どうかな?」
「いいですね。ユウのキッシュは美味しいですし」
「試作品の試食は任せろ」
「‥お代払ってくださいね」
「試食だろ?」
小さなBGMをバックに店内にユウの小さな笑い声が響く。
俺はこのゆっくりと時間の流れるこの空間が結構気に入っている。
ま、たまにこの夫婦のおかげで甘ったるいけどな。
絶対的未来予想
(‥っていう夢を見た。それでユウ、いつ開店だ?)
(え?‥あの、えと、夢の話じゃ‥?)
(俺が見た夢はイコール現実だろ?)
(おいおい、バカかお前‥)
(‥‥‥‥‥)
(‥‥クレアさん、仕事に戻っても?)
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