1932 喧嘩のあとには
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ドアノブに手をかけたまま数十秒、こんな早く戻ってくると思ってなかったからまだドアを開ける勇気がない。
「ユウ?」
「ふぁいっ!」
「何してんだ?こんな時間に‥」
「フィ、フィーロさん‥」
びびび、びっくり、した。仕事から帰ってきたらしいフィーロさんは不思議そうにしながらドアに鍵を差し込む。
「入らないのか?」
「あの、えと‥これには事情が、」
ガチャッ、と。ものすごい勢いでドアが開いた。
「‥‥随分遅いお帰りですねぇ‥ユウ?」
氷点下。にっこり笑ってるのに、全然目が笑ってない。
「フィーロさん助け‥っ」
「フィーロ、おやすみなさい」
逃げようとしたらむずっと首根っこを掴まれ失敗。
「あ、ああ、お‥おやすみ‥」
ひょいと肩に担ぎ上げられ、私の懇願虚しくそのドアは閉められた。
「ふぎゃっ」
ドサッとソファーに落とされて目を閉じると、降った影にぱちりと瞬く。
重さに軋んだソファー。両腕は縫い付けられ、見下ろされるその怒りを含んだ鋭い瞳に身を竦めた。
「貴女が逃げ込む場所と言えばロニーさんの家でしょう。ですが置き手紙もなく、更にはこんな時間に帰宅とはどういうつもりです?」
その威圧感に思わず黙り混む。
「‥昼間の件ですが。私は貴女の危機感の無さに腹が立ちました。貴女にとって身近じゃない危険でもここでは頻繁に起こっているんです。貴女も新聞で見ているでしょう」
夜中に窓を割って侵入した強盗が、眠っていた女性に性的暴行を加えた上殺害した。ついこの間新聞に乗っていた事件だ。
「鍵を締めていたにも関わらず、です。こうして押さえ込まれてしまえば逃げる術はない。貴女がどれほど危険な状態にいたか‥理解できましたか」
こくりと頷く。話す間、腕を掴むラックさんの力がどんどん強まっていって‥ドアを開けた時のラックさんの心情を思うと胸が締め付けられるような思いだった。
「‥ごめん、なさい」
本当に、私はバカだ。事件なんてどこか遠くに感じていて、そんなこと自分には起こるはずがないなんて簡単に考えていて。
ここで暮らし始めてどんなに日本が平和だったか、どんなにここが危険か、そんなこと分かっていたはずなのに。
「ごめんなさい‥っ、ここに来られなかったらラックさんにも会えなくて、こんなに幸せじゃなかったのに、なのにあんなっ‥」
ラックさんの力が緩んでいく。確かに望んでここに来たわけではなかった。それでも、ここで生きていくと望んだのは私なのに。
「‥ユウが無事なら、私はそれでいい。分かってますから‥貴女が本心から言った言葉ではなかったことくらい」
両腕が解放され、ラックさんの指が浮かんだ涙を拭ってくれる。
私はそのまま腕を伸ばしてラックさんの首に回した。
「ふぇ‥っ、ごめんなさいぃ」
頭が撫でられたと思うともう片方の腕が腰に回り体が持ち上げられる。
そのままソファーに腰を下ろしたラックさんの膝に座らされ、落ち着けるようにぽんぽんと背中を叩いてくれた。
しばらくそうしていると落ち着いて、何時になったんだろうと不意に思っていれば。‥ぐぅ、と小さく鳴った音に。
「「‥‥‥‥」」
小さくラックさんの体が震え始める。
私はと言えば、頬に熱が集まっていくのを感じながらそっと体を離した。
「‥‥おなかすいた」
「スープなら作っておきましたけど、食べますか?」
クスクスと肩を揺らしているラックさんに小さく頷く。
一緒にキッチンに向かいお手伝いをしながらテーブルにスプーンを並べた。
時刻は夜中の12時前。喧嘩中だったのに、メニューは私が好きだと前に言ったことのあるクリームスープ。
「ユウ」
小皿が差し出されたので味見だとすぐに分かって手を添える。
「美味しいっ」
「それはよかった。器取ってもらえますか?」
「うん!」
喧嘩する度、好きが増える
(‥‥‥‥は?)
(不思議だよねぇ‥だってねフィーロさんっ、ラックさんかっこいいんだよ!)
(あー、はいはい‥)
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