1932 女心とは
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こんなはずじゃなかった。
いつもキースさんの座っているデスクの下、体育座りをして息を潜めること早十分。ソファーに腰を降ろしたまま動く気配のないラックさんに、もう出て行くしかないだろうかと抱えた膝に顔を埋めた。
何故こんな事態になっているかと言えば、さっき奥の部屋でラックさんと少し口論になって『もういい、先に帰る!』と言い捨てて事務所を出たのだ。
それが入口のドアを閉めたところで、ボスの執務室であるこの部屋に忘れ物をしたことに気が付いて。
それが自分の本ならそのまま帰宅したものの、ジルさんからの借り物で尚且つ今日『明日返します』と言ってしまったのだ。
ジルさんは気にしないだろうけど、言ったのだから返さなくてはと思ってしまう辺り自分でもつくづく私は日本人気質なのだと感じてしまう。
そんなこんなで散々迷った末、もしラックさんがいても本だけ持って素早く帰ろうと、いないことを願って事務所に戻り執務室に入った。
様子を窺いながら中に入ってみればラックさんはおらず、ほっとして本を取ったのだけど。近付いてくる靴音と話し声に慌てて辺りを見回し、ドアノブを捻る音に焦った私は何故かそのままデスクの下に隠れてしまったのだった。
‥こうしていても埒があかない。かっこ悪いけれどここから出ようと地面に手と膝をついたところでドアの開く音がした。
「ああ、お帰り二人とも」
「何だラック、シケた面してんな」
「ちょっ‥」
そろりとデスクの横から覗いて見ると、どうやらベルガさんにコートを被せられてモゴモゴと動いているのがラックさんらしい。
「っ‥何するのさベル兄!」
「室内はあったけぇなァ‥兄貴コーヒー飲むだろ?」
コートから抜け出し抗議をするも無視され、部屋を出ていくベルガさんを恨めしげに眺めている。
自分のコートをかけたキースさんは不意にラックさんの崩れた前髪へ手を差し込み後ろへ撫でつけた。
「キー兄」
「‥‥‥」
最後に宥めるようにくしゃりと指先が髪を撫でコートが手から抜き取られると、その意図に気付いたようにラックさんがため息をついた。
「許してやれって?別にいいけどさ‥キー兄はベル兄に甘いよ」
少し不貞腐れたような、そんな表情で髪を掻き上げるラックさんに耐えられず再びデスクの下に引っ込み口元を手で覆う。
「(か‥可愛い‥!)」
完全に弟扱いされてる。弟扱いも何もキースさんたちからすればそうなのだけど。どうしよう、可愛すぎてさっきまでの怒りがどこかへ飛んで行ってしまった。
「‥‥‥‥」
不意に顔を上げれば目の前に脚。椅子の背凭れに手を置いた状態のキースさんと目が合って、慌てて人差し指を唇に当てた。
「‥‥‥」
少し考えるように視線をラックさんにやるとこくりと僅かに頷いたキースさんは、更に椅子を引いて腰を下ろし、引き出しから取り出したジョーカーだらけのトランプをいつものように混ぜ始める。
そのうちベルガさんが戻って来て、何だかもうすっかり出るタイミングを逃してしまった。
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