1933 恋人たちに敵はなし
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「いいですか?私が何を言っても何をしても、合わせてください」
その言葉通り、ジャズホールに上がって来た私はラックさんにエスコートされながらカウンター席に腰を下ろす。
彼女を見るなと言われていたので薄暗い店内で彼女を見つけることは出来なかったけど。
ラックさんが飲み物を注文して、私が何をするのかとぼんやり考えていれば。
突然耳に息が触れて小さく肩が跳ねた。
「このまま。今から頬のことを訊ねます。貴女は首を振って何でもないと、そう言ってください」
「う‥にゃあっ!?」
返事をしようと思ったら離れていく際に耳にキスをされて変な声が出てしまった。
耳を押さえて睨め上げると、ラックさんは楽しげに肩を揺らす。
‥ラックさん、絶対今楽しんでる。演技じゃなく、本気で。
「この頬‥どうしたんですか?」
「何でも‥ない」
「何でもないことはないでしょう。こんなに腫れてるんですから」
首を振る。頑なに口を閉ざす。ラックさんは私を見据えると、カウンターにお金を置いて私の腕を引いた。
「わっ‥ま、待って、どこいくの?」
ラックさんはズンズンとジャズホールの人目につかない場所へと進んでいく。
ゆったりとしたジャズが響くこの空間で、荷物の詰まれた人気のない部屋の隅。
「吐かないのなら‥吐かせるまでです」
‥あの、ラックさん目が本気‥
「あっ‥」
壁に追い詰められ、顎を掴まれて上を向かされる。
今にも触れそうな距離。息がかかってしまいそうで、無意識に息を止めてしまった。
「ラック、さ‥」
「あたし見ました!」
現れた彼女は、私をじっと睨み付けていた。
ラックさんはその体勢を崩さないまま、彼女に問いかけてみせる。
「何を‥ですか?」
「その女が他の男といるところよ!あなたがいるって分かって叩かれたの。あたし見てたもの」
「他に男‥」
冷たい瞳が私を射抜く。演技だと分かっているのに、本当に疑われているようで‥怖い。
私は無意識にラックさんのスーツを握りしめていた。
「‥それはそれは」
呆れたようなラックさんの様子に彼女を見ると、勝ち誇ったような表情。
「一緒に暮らしているのに器用なことで」
「え‥?」
「今日の朝は一緒に出て、三時まで仕事でしたね。ここに来たのが二十分ですから‥どの時間に男と会っていたんです?」
彼女の表情が一変した。ラックさんたちは女の人を傷付けることは普段しないけど、こういうのは別らしい。
「何よりも‥」
ラックさんは合わせるだけのキスをするとすっと目を細めて。
「人の恋路に他人が土足で踏み込むものじゃありません。私はこうして‥彼女を攻めるのを楽しんでいるので」
「なっ――んぅ‥!」
抗議しようと開いた口は塞がれ、深く合わされる。侵入してきた舌に口内を犯されるとだんだんと足に力が入らなくなっていく。
「ふ‥んんっ‥」
人に見られている中での深いキス。くちゅくちゅと舌を絡める音をわざとさせているのは彼女に見せつけるためらしいけれど、その音は私の気持ちまでもを煽って。
「ゃ‥‥っは‥んん‥!」
羞恥に染まり真っ赤になった頬が熱い。もう腰が抜けて一人では立っていられない。
やっと離れていった唇に銀の糸が間でぷつりと切れる。ラックさんはそれさえも舐め取ってから、くたりと力の抜けた私を抱き寄せた。
「ところで‥貴女は誰です?」
「っ‥最っ低!」
バタバタとお店を出ていった彼女に罪悪感が浮かぶ。
「‥まさか可哀想だとか思ってませんよね」
「へっ?」
「‥思ってるんですね。はぁ‥いいですか、ユウ。ああいうタイプは早い内に私と貴女の間に入る隙間がないと教えなければ、後々面倒になります。軽い牽制では貴女を守りきれません」
現に放っておいたら私の存在を知って逆上しただろうと、ラックさんが指摘する。
「まあ何よりも‥」
「?」
「貴女に手を上げた時点で、私の中で容赦という言葉は消え去りますから」
‥‥さすがマフィアだけあって、そういう部分ははっきりしてるなあと思う。
「下に戻りましょうか」
「う、うん、でも待って‥」
まだ、うまく歩けそうにない。
そう伝えればラックさんに抱き上げられて、裏から階段へと回った。
「ラックさん演技じゃないみたいだった‥」
「欺くことは交渉には必要なスキルですから」
「‥恥ずかしいことも言うし」
「ああ、あれは本心ですよ」
ぽかんとラックさんを見上げる。
「ラックさんの‥‥ドS」
「‥‥はい?」
あ、この頃はまだこの言葉出てきてないのかな?
私が小さく笑って何でもないと首を振ると、ラックさんは首を傾げて。そのうち聞くようになるよとはぐらかすと、眉を寄せながらも納得してくれた。
恋人たちに敵はなし
(ドS、ね‥)
(え?何か言った?)
(七十年前貴女が言っていたことが分かりました)
(あ、え?何のこと‥七十年前って、ええっ?)
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