1933 恋人たちに敵はなし
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バシン、と。走った衝撃に瞬きも忘れてそっと手を添えた。
「アンタなんか似合わない。あたしは絶対許さないんだから!」
お店の扉が力任せに開かれベルが激しく揺れ打つ。
びりびりと痛む頬は熱を持ち、私の頭の中は疑問で埋め尽くされていた。
「ユウちゃん大丈夫!?」
「い、今のお客さん知り合いかい?」
知り合いではない。彼女がこのお店に来たのは私が知る限り今回が三回目で、それ以外の接点は何も。
「とにかくこれで冷やしなさい。真っ赤になっているから」
マスターが濡れタオルをくれて、好意に甘えて少し早い休憩を取らせてもらうことにした。
お客さんは偶然常連さん一人だけで、変に誤解を受けることもなく私を心配してくれた。
彼女の台詞に覚えはなかったけれど、思い返してみれば昼ドラでよく見る修羅場のような台詞にもしかしてと嫌な予感がした。
「ユウちゃん、あのね。さっきの彼女なんだけど‥」
シェリルさんが言い辛そうに視線を泳がす。
「私前に聞かれたことあるのよ。あのカウンターに座ってる人はよく来るのかって‥」
「カウンター‥」
「うん‥ラックさんのこと」
やっぱり、と思った。彼女はどういう経緯か私がラックさんと付き合っているのを知ったんだ。
その後も仕事は続けたものの、晴れが引くことはなくお客さんにぎょっとされてしまった。
仕事を終えて、アルヴェアーレに行く予定を事務所に変更する。このままアルヴェアーレに行ったら大変な騒ぎになる気がするから。
ラックさんにはどうせバレてしまうんだし、一人で抱えないという約束もある。
「あー、ユウちゃんいらっしゃーい」
「こんにちは。ラックさん今忙しいですか?」
「ちょうど休憩してるみたいだったよ」
「じゃあ失礼します」
コンコンと部屋をノックすると返ってきた声に顔を覗かせる。
「ユウ?今日はアルヴェアーレに行く予定だったんじゃ‥」
「うん、でも、その‥やめた」
「‥‥‥‥」
「なぁユウ。何で部屋に入って来ねぇんだ?つーか‥何してんだ?」
片目だけで部屋を覗くような体勢に三人の視線が訝しげに細められる。
私は俯きながらも重い足で部屋に入って、伺うようにラックさんを見上げた。
「‥これは」
頬に手が触れて、私は眉を下げる。ラックさんの表情が怒りを含んだものに変わり、その目は何があったのかと私に問うていた。
「‥お店に女の子が来て叩かれた」
「‥‥何だそりゃ」
ベルガさんのツッコミも尤もだけど、これはこれで真実だ。
「ほんとに急に、お店に入って来たと思ったらビンタされたの。その‥ラックさん最近、視線感じない?」
ラックさんは思い当たったのか、頭を抱えると盛大にため息をついた。ベルガさんだけは分からなかったようで首を傾げていたのだけど。
「あの人ですか‥」
「分かるの?」
「多分ですけど。最近カフェやジャズホールで良く見るんですよ。必ずと言っていいほど目が合いますし。何も言ってこないので放っておいたのですが‥」
親指が優しく頬を滑る。後悔している顔だ。別にラックさんが悪いわけじゃないのに。
「何だ、女か?」
やっと分かったらしいベルガさんが、少し思案してからラックさんを煽る。
「眼中にねぇって教えてやったらどうだ?」
「‥‥‥」
「その必要は‥ありそうだね」
私に視線が向いて、何をするのか首を傾げる。そこにノックが響いてイーディスさんが顔を出した。
「すみません、マリアちゃんが‥」
「またですか‥」
「あ‥それとラックさん、また‥来てますよ」
ラックさんは何か考えるように動きを止めるとマリアちゃんのことをキースさんに頼んで、私の腰に腕を回した。
「いいですか?私が何を言っても何をしても、合わせてください」
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