02.少女は迫る気配を無意識に感じ取る
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「わざわざごめんなさいね」
「いえ‥」
金髪の彼女と並んで歩く。
彼女は人当たりが良くて、笑うと可愛いとてもいい人だった。
お店に訪ねて来て彼女が差し出した地図に印されていた場所は、地下にガンドール・ファミリーの事務所があるジャズホール。
普通の人が、しかも聞いた話ではニューヨークに来たばかりの彼女が、ジャズホールの地下がマフィアの事務所だなんて知るはずもなく。
時間も時間だから直帰していいからとマスターに言われて、案内することになった。
私の事情を知らない、ましてや困っている人を放って置くわけにもいかず。
断れずにこうして隣を歩く彼女をこっそり見て、私はぐるぐると回るどうしようもない気持ちに目を伏せた。
「一昨日ニューヨークに着いて昨日から街に出たんだけど、早々にすっかり迷ってしまって」
困ったように笑う彼女は綺麗で、纏う空気が柔らかい。
「そのうち裏路地に入ってしまったみたいで、変な人に絡まれているところを助けてくれた人がいたの」
ドキッと心臓が跳ねる。彼女はほんのり頬を染めて、はにかむように笑った。
「一目惚れしちゃった」
鼓動がうるさいくらい早くなっていくのが分かる。
「一目惚れ‥」
「すごくクールで紳士的な人だったわ。名前は教えてくれなかったんだけど‥逃げて行った人が“ガンドール”って言ってたから」
‥やっぱり、ラックさんのことだ。
浮かぶ昨日の残像に無意識に服を握り締めた。
「ホテルの人に聞いてみたらこのジャズホールを経営してるって教えてくれたの。少し反応が変だったような気はしたけど‥」
何だったのかしら?と首を捻る彼女。
それはこの辺の人が本当はマフィアだって知ってるからだと思う‥
そんなこんなでお店の前に到着すると、彼女はお礼に飲み物をご馳走してくれると言って。
「そんなっ、私は大したことしてないですから‥」
「そんなことないわ。すごく助かったもの」
丸め込まれるようにしてジャズホールに入る。
お店の人は当然私を知っていて、小さく頭を下げる皆に返していく。
不思議そうに首を傾げる彼女に、私は意を決して立ち止まった。
「あの、実は私っ‥」
「あん?ユウじゃねぇか」
突然名前を呼ばれてびくりと振り返る。
丁度下から上がってきたらしいベルガさんが、ちらりと扉を見た。
「ラックなら今上がってくるぞ」
「えっ」
「つーかこの嬢ちゃんは誰だ?」
「あう‥」
どう説明していいか分からず視線を巡らせていると、ガチャリとドアが開く。
私はつい反射的にベルガさんの影に隠れてしまった。
「ベル兄、さっきの件だけど‥」
「あっ‥ガンドールさん!」
「あ?」
「おや、貴女は‥」
花のような笑顔を浮かべてラックさんに駆け寄った彼女。
私は隠れたまま、ベルガさんのスーツの袖を摘んだ。
「昨日はありがとうございました」
「いえ、大したことはしてませんよ。それをわざわざ言いに?」
「ふふ、さっきも同じ言葉を聞いたばっかりです。私‥貴方にもう一度会いたくて、ここまで連れてきてもらったんです」
うぅ‥どうしよう‥
二人が顔を合わせているところは、予想外にずっしりくる。
「その、もしよろしければ‥お礼にお食事に行きませんか?」
言い出せなかった自分の弱さとやきもち、それに端から見てもお似合いな二人に。
「それは‥」
「ふえっ‥」
全員の視線がベルガさん‥の後ろにいる私に向く。
「ユウ!?」
「‥‥‥お前のせいだぞ」
「ええっ?っていうかユウはいつからそこに‥」
「お知り合いだったんですか?」
ぐじぐじと鼻を鳴らしながら、手の甲を目に押し当てた。
「ごめんなさい‥っ私‥昨日見ちゃって、だからもしかしたらって思ってたけど、も‥色々考えたら不安になって言えなくてっ‥」
「‥‥意味が分からねぇ‥何の話だ?ラック、通訳しろ」
「‥僕にもちょっと‥」
「と、とりあえず泣かないで、ね?」
心配そうに覗き込んでくる彼女に、私はスカートを握って俯いた。
「ラックさん、取らないでください‥っ」
「「「‥‥‥え?」」」
ああ、こんなのただの駄々っ子だ。
益々自分が子供に思えて、私は涙を止められなかった。
「‥‥すみません」
突然肩を抱き寄せられたことで鼻を打って思わず顔を上げると、その瞳は彼女に向けられていて。
「私には大切な恋人がいるので‥申し訳ありませんが食事には行けません」
肩に回されていた手が頭を撫でる。
向けられた瞳が優しく細められて、私はスーツの裾を握った。
「‥‥私の入る隙はないみたいね」
クスリと笑う彼女の表情は穏やかで、それでも罪悪感で目を合わせられない私に。
「ねぇ、ユウさん。彼は昨日、私の背中に手を回してはくれなかったわ」
「え‥?」
「それどころかすぐにかわされちゃったの。その胸は、あなた専用みたいね」
こそっと私に耳打ちした彼女はにっこり笑って、ヒラヒラと手を振った。
「残念だけど他の恋を探すわ。ユウさん、次に会ったらお茶しましょうね!」
彼女はやっぱり、すごくいい人だ。
私もいつかあんな女性になりたいと、思いを胸にしまいながら。
「何の話してたんですか?」
「、内緒」
「なんだそりゃ」
涙を拭いながら、私は小さく笑った。
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