10.祝福を受ける少女は左手に誓う
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―――‥数年後
ガンドール・ファミリー事務所
「お、悪ィな嬢」
「嬢の入れるコーヒーはうめぇんだよなァ、どういう訳か」
「ありがとうございます」
今日はフィーロさんに招かれてラックさんたちとアルヴェアーレに向かうことになっている。
久しぶりに事務所に来ると構成員の人たちが休憩してたから、コーヒーを入れて来たのだ。
「お、嬢来てんのか。悪ィが俺にもコーヒー頼めるか?」
「はい、皆さんの分入れてきますね」
外回りから事務所に戻って来たその人数を数えてコーヒーを入れて戻れば、その中に知らない人が混じっていた。
新人さんかな、と思いながらコーヒーを差し出すと、腕を掴んで距離を詰めて来たその人にぱちりと目を瞬いた。
「あ、あの‥離し」
「アンタカタギだろ。担保にでも売られたの?」
「おい、やめとけ」
「お前組にいられなくなるぞ」
「え、雑用に手出しちゃいけない決まりでもあるんスか?こいつかなりタイプなんスよね」
こ、これはまずい展開。ラックさんが部屋から出てくる前になんとかしないと‥!
「は、離してください」
「離しとけ」
「俺にはお前の末路が見えるぜ」
「‥何だ?よく分かんねぇけど‥アンタ俺の――」
「私の」
割り込むように聞こえた声に内心ため息をつく。間に合わなかった。新人さんごめんなさい。
後ろから抱き寄せられて、ぽすっと彼の胸に収まる。
「私の婚約者に‥何か?」
いつの間にか他の構成員はその場から離れて雑談していて、次に視線を戻した時には新人さんは土下座している。
このパターン何度目だろう‥振り仰いでラックさんを見ると、私の表情を見てため息をついた。
「何だまたやってんのか?」
「‥‥‥」
ベルガさんがラックさんのコートを投げて寄越す。通り過ぎ様に帽子が私に被せられて視界が狭くなった。
「この件についてはニコラさんに任せてありますから、あとは彼に聞いてください。ユウ行きますよ」
「う、うん」
新人さんを立ち上がらせると私の手を掴み帽子を自分の頭に移動させる。
慌ててコートと鞄を引っ付かんで構成員の人たちに頭を下げた。
ちなみにあの新人さんに言い渡されるのは一ヶ月のトイレ掃除とチックさんのお手伝いらしい。(主に何とは怖くて聞けなかった)
別に罰はいらないと思うんだけど、フィーロさんに聞いたら『ボスの女に手出そうとしてんだぞ?普通ならぶっ飛ばされても軽いぐらいだ』と言われた。
「ぶっ‥またかよ!いっそユウに貼り紙でもしといたらどうだ?」
「ユウもここ数年で大人っぽくなりましたからね」
「すっかり美人になって‥あたしもお客さんに良く聞かれるんだよ。あの子は良く店に来るのかって」
フィーロさんと話しているとマイザーさんとセーナさんがいくつかグラスを持ってやってきた。
「そんな‥二人とも褒めすぎです。それは、ここに来た時より大人っぽくなれてれば嬉しいですけど‥」
「何言ってるんですか。ラックさんに並ぼうと頑張ったのでしょう?」
「そうだよ。それに、あんたが来る度にロニーが牽制に回ってるのは事実なんだ。あの時のロニーと言ったら‥」
笑いの種にされているお兄ちゃんはまだ来ていない。そろそろ帰って来るはずなんだけど‥
「ユウ!これお祝い!」
「こっちはジャグジーたちからだよ!」
「わあ、わざわざありがとうございますアイザックさん、ミリアさん!ジャグジーたちも‥この間会った時は何も言ってなかったのに」
ジャグジーたちとはアイザックさんたちが街で再会して以来ずっと仲良くさせてもらっている。
アイザックさんたちと一緒に会いに行くと必ず大事になるんだけどそれがまた楽しくて。例えば、二人の提案で全員で鬼ごっこをやったこともあった。
「あ、ユウ!ロニーが帰ってきたぞ!」
「皆ぁ、ロニーが来たよ!」
入り口に見えた姿に駆け寄って腕を引く。
「お兄ちゃん待ちだよ?早く早く」
「お前はあのケーキが待ちきれないだけだろう。‥まあいい」
「遅いですよロニー。皆さんグラスを!」
ラックさんからグラスを受け取って微笑む。皆が円になり、ご馳走の並ぶテーブルを囲んだ。
「遅くなりましたが‥二人の婚約を祝して、乾杯!」
「「「カンパーイ!!」」」
「ヒューヒュー!」
「幸せになりやがれー!」
少しだけグラスを傾けるとアルコールが鼻を抜けていく。
ラックさんを見上げると手が取られて、薬指に嵌められた指輪にキスが落とされた。
わっと沸いた店内で、私は幸せを噛み締めるようにきゅっとその手を握り返す。
「それにしても、男たちにはその指輪が見えないのかねぇ」
「全く効果がない訳ではないんですが」
「しかしお前らが婚約かぁ。クレアには言ったのか?」
「うん。当日お祝いにも来てくれたよ」
「当日って」
わいわいとお酒を飲み交わす。私はお酒が弱いからあんまり飲めないけど。
「ユウ」
「わっ‥ケーキ!お兄ちゃんありがとう」
切り分けられたケーキをぱくりと一口。夢中になっていると横から手が伸びて来て口元が拭われる。
「相変わらずだな」
「ぅ‥た、たまたまだよ」
「‥幸せか?」
突然の質問に目を丸くする。私は賑やかな室内を眺めてから、笑顔で頷いた。
「うんっ、すっごく!」
お兄ちゃんが小さく笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。
その手は私を受け入れてくれた時と変わらない、ゴツゴツとした大きな手。
「お兄ちゃん‥ずっと私のお兄ちゃんでいてくれる‥?」
「何だ?急に」
「‥‥初めて会った時に、私のこと観察したいって言ったでしょ?面白くなくなったら、もう一緒にいてくれない?」
じっと見上げるとびしっと額が弾かれた。
「祝いの席で暗い顔をするなバカ者。途中で捨てるようなら簡単に姓をやると思うか?」
嬉しくなってぎゅうっとお兄ちゃんに抱き付くと、別のテーブルから浮気してるぞとからかう声が飛んでくる。
「‥もうすぐユウ・ガンドールになりますけどね」
「‥‥マイザー」
近くで話を聞いていたらしいマイザーさんがボソッと呟く。思わずふふっと笑うと頬を摘ままれて、私は飲み物の並んでいるカウンターに逃げ込んだ。
飲み物を選びながら、アイザックさんたちが何やら始めたらしく騒がしくなったテーブルを見やる。
「楽しんでますか?」
「それはもう、すっごく。ラックさんは?」
「ええ、私も。これだけ盛大に祝って頂いたんですから、貴女を幸せにしなければ顔向けできませんね」
「‥もう幸せだよ?何て言うか‥幸せで、幸せすぎて言葉にならないくらい」
そっと指輪に触れる。頬を撫でてくれる大きな手に擦り寄って見上げれば、吸い込まれるように唇が重なった。
「‥愛してる」
「私も‥ぁ、愛してます‥ラックさん」
“愛している”なんて、恥ずかしくて口にするまで大分かかった。今も慣れなくて恥ずかしいけど、それでも言うとラックさんが嬉しそうに目尻を下げるから。
「おいそこの主役二人!」
「イチャついてないでこっちに来いよぉ!」
「ったく、目を離すとすぐにあれだ‥」
「フィーロ?顔が真っ赤ですよ‥?もう酔ったんですか?」
「こいつはあいつらのイチャつき見て照れてるだけだろ。なあ兄貴」
「おーい、こっち来いよ!ラックとユウのために準備したんだからな!」
「婚約おめでとー!」
‥この世界で生きていく。
この身体でいる限り、沢山の大切な人に出会っては失っていくのだろう。
それでも、私には変わらない仲間がいる。変わっていくものもきっとあるのかもしれないけど、私は前を向いていくと決めたから。
「行きましょうか」
「‥うんっ!」
私は生きていく。彼のとなりで。
『私も一つ宣誓を。
どんな時も、いつまでも‥貴女の笑顔を守るのは私であると』
end