10.祝福を受ける少女は左手に誓う
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「ゃ、あっ‥‥」
チクッ‥と一瞬の痛みに眉を下げれば、触れるだけのキスが唇に落とされる。
私はこの痛みを知っている。赤く咲く、数日は消えることのない印。
「今日‥」
ラックさんを見下ろすのは変な感じだ。まっすぐ見つめられると、見据えられているようで逸らせる気がしない。
「ニコラさんに向けた笑顔を見て‥すぐにでもキスしてしまおうかと思いました」
「ふえっ‥?」
「もちろん、私がいてこその構成員への信頼だとは分かってますが‥ユウの“いってらっしゃい”と“おかえりなさい”は私の特権でしょう?」
きゅうっと胸が締め付けられる。なにそれ、可愛すぎる‥。
「あんな風に安心しきった笑顔は私の前だけにしてください」
こくこくと頷く。そう言われても、自分じゃどんな笑顔か分からないけど。
「よろしい」
ストンと床に下ろされて優しく頭が撫でられる。気持ち良くてそのまま大人しく撫でられていると不意にその手が止まった。
「そういえば‥」
じっと見つめられて首を傾げると、ソファーに向かうラックさんを追って腰を下ろす。
「以前、クレアさんが変なことを言っていましたね」
「変なこと‥?」
“――お前は、ラックといると弱くなるな”
思い当たって頷くとラックさんは小さくため息をついて、ちらりと私に視線を向けてきた。
「意味は、分かりました」
「へ‥?」
弱くなる、ということは前提に強さがあることになる。私強くなんてないのに。
「ユウは意外と猪突猛進型なので、止める人間がいなければ命も省みず向かっていくでしょう」
大切な者を‥守るためなら。
「それは確かに強さです。ですが、ユウは頼れる者がいれば無理をしない。だからクレアはああ言ったんですよ」
「‥よく分かんない」
ラックさんは無理をするなと言う。だけどクレアさんは、私が弱いのがいけないことみたいに言う。
ラックさんは苦笑して、少し考えるような素振りを見せた。
「クレアさんはそういう人生を歩んで来ましたからね。世界は弱肉強食、ユウの弱点は私であると彼は言いたいんですよ」
「弱点?ラックさんが?」
ラックさんは立ち上がってコーヒーの準備をしながら、ポットに火をかける。
「立ち向かう心の強さがあるのに、私がいればユウは私に頼る。私もそれを望んでいる。クレアさんにはそれが不思議なんでしょうね」
‥要するに、クレアさんは感想を述べただけ?
「‥‥クレアさん分かり辛い。意味深な言い方するから何かあるのかと思っちゃった」
「まあ‥あの人は基本的に分かり辛いですよね」
カップが差し出されお礼と共に両手で受けとる。ミルクがたっぷり入ったカフェオレは、火傷しないように口に含むと香りが広がった。
そのままこてんとラックさんに寄りかかると、髪を梳くように頭を撫でてくれる。
「‥職業柄貴女に危険が及ぶとなれば命に関わります。心配ぐらい、させてください」
「‥ん」
私は心底この人に会えて幸せだ。
この何も知らない孤独な世界で、私を見つけて受け入れてくれた人。信頼を与えて、愛をくれた人。
「でもね、ラックさんが守ってくれるから私はきっと大丈夫だよ」
「‥そうですね」
額に唇が押しあてられて笑みが溢れる。
カップをテーブルに置いてぴっと手を上げればきょとんとした彼に。
「危険には近付きません。一人で何とかしようとするのもやめます。えっと、あとは‥」
「宣誓ですか?」
クスリと笑うラックさんに頷いて見せる。私は生きて、ラックさんの傍で世界を見ていきたいから。
「ラックさんの支えになれるように頑張りますっ」
ご飯ももっと美味しく作れるようになりたい。辛い時、少しでも和らげられる存在になりたい。もっと、もっと。
「‥‥‥」
「‥‥あの‥」
固まってしまったラックさんに恐る恐る声をかける。
ここで黙られると、こうして手を上げているのが間抜けに思えて来るんだけど‥
「‥‥ユウ」
「は、はいっ‥わ、」
ぎゅうっときつく抱き締められる。
肩口に押し付けられるようなそれに苦しくて顔を上げれば、見えた耳が微かに赤くなっていて。
「私も一つ宣誓を」
ぽてっと上げていた手をラックさんの背中に落としてシャツを握ると、甘い囁きが耳に落ちた。
ドキドキと早鐘のごとく鳴る心音に顔を埋める私に、『早いですね』と小さく笑ったラックさん。
「、今日もギューってして寝る」
「はいはい」
何だかうまくあしらわれているようで悔しかったから、私は不意をついて唇を重ねた。
「えへへ、隙ありっ」
「‥‥そんな事を言うと私もしますよ?貴女は隙だらけなんですから‥覚悟してくださいね?」
「へ?‥あれ?」
こんなつもりじゃなかったんだけど‥
そろそろと後ろに身を引こうとすれば後頭部に手が添えられ、至近距離でラックさんが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「逃げられると思わないでくださいね?」
「!!」
***
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