10.祝福を受ける少女は左手に誓う
名前の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ユウちゃん、そろそろ休憩入って」
「はい!」
数日前からお店も再開し、バタバタと過ごす時間はあっという間だったように思う。
最初のうちは久しぶりの開店に常連さんが押し寄せて忙しかったけど、一週間もすれば大分落ち着いて来た。
ラックさんも事後処理で忙しかったようで、それでも夕飯は一緒に取れるように帰って来てくれて。
それが終われば休みが取れるからデートに行きませんかと誘ってくれた。
カラン、と鈴の音と共に新しいお客さんを告げる。
トレイにカップを乗せて持ち上げたところで入り口に立つイブちゃんに気が付いて、思わず駆け寄った。
「イブちゃんどうして‥あ、えと、いらっしゃいませ!」
「こんにちは。その‥もう一度ユウちゃんとお話したくて」
迷惑じゃなかったかと眉を下げるイブちゃんに、私は首を振って席に通した。
「お友達かい?」
「はい。あの、休憩時間そこで過ごしてもいいですか‥?」
「もちろんだよ。ごゆっくり」
休憩はいつもカウンターの裏にある部屋で過ごす。マスターはイブちゃんと私の注文したものを渡してくれて、それを手に席についた。
「いいんですか?お仕事中じゃ‥」
「今からちょうど休憩だったから。はい、どうぞ」
「わ‥いい香り‥」
「マスターのこだわりなの。私も大好きなんだー」
自分が褒められたわけでもないのについ頬が弛んでしまう。
その香りにリラックスしてくれたのか、少し緊張気味だったイブちゃんの表情が柔らかくなった。
「あのね、ケイトさんがまたいらっしゃいって」
「え‥?」
「ケイトさん色々お料理作るんだけど、キースさんは何も言ってくれないから感想が聞きたいんだって」
ぱちりと瞬くイブちゃんに、私は食事風景を思い出してみる。
「前にね、美味しいって言葉が聞きたくて、私とケイトさんで料理を作って一品一品感想を聞いてみたことがあるの」
「一品一品ですか?」
「うん。そしたらね、キースさんはやっぱりずっと無言だったんだけど、最後に『お前の作ったものなら全てだ』って」
その時ベルガさんとラックさんは盛大にむせ、私はぽーっと顔を赤くしてしまった。
「それは‥ふふっ、愛されてますね」
「でしょ?でもそれじゃ結局どう美味しいのか分からなくて磨きようがないから、協力してほしいんだって」
「でもケイトさんのお料理は本当に全て美味しかったです」
「うんうんっ、私も大好き!」
特にあれが美味しいとか、甘いものは何が好きかとか、いつの間にか話はあちこちに飛び時間を忘れて話した。
はっと時計を見れば残り10分。そんな様子に気付いたのか、イブちゃんが話題を変えるように間を置いた。
「‥私、兄を助け出します」
「‥うん」
「今はミリオネア・ロウにいるんですけど、近々本宅に戻ることになりました」
「そっか‥」
次にいつ会えるか分からない。寂しさに視線を落とすと、そこに一枚のメモが差し出された。
「その、ユウちゃんさえよろしければ‥」
言い淀んでいる彼女とメモを交互に見つめる。
メモに記されているのは住所で、私はその意図に気付いてぱっとイブちゃんを見た。
「手紙、書いてもいいのっ?」
「! 書いていただけますか‥?」
笑顔で頷けば、イブちゃんも笑顔を返してくれる。
本来なら成り立たない関係かもしれない。でも、私の身元を分かった上でこうして接してくれることが私はすごく嬉しくて。
「イブちゃん、また会える‥?」
「はい、もちろんです。ベンヤミンさんたちにも紹介したいですし、今度是非遊びにいらしてください」
「ありがとう‥」
笑い合うとイブちゃんが席を立つ。
入り口まで来たところでご馳走させてとお願いすると、イブちゃんは渋ってから笑顔でお礼を返してくれた。
外に出ると横付けされた車の前に執事さんが立っていて、私はぺこりと頭を下げる。少し驚いたような表情をしてから小さく礼をしたその姿は正に執事さんだった。
大きく手を振ってイブちゃんを見送ってからメモに視線を落とす。
「あっ、ユウお姉ちゃーん!」
向こうから駆け寄ってくる小さな常連さんに笑みを溢して、ドアを開けながら到着を待った。
「いらっしゃいませ。“いつもの”でよろしいですか?」
「うんっ!」
.